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 まずはリビングへ。  当然ながら誰の姿もない。  ハルは粛々とソファーへ座りこんだ。  ここで待つらしい。  アヤヒサは棒立ちになっていたから指をするりと絡めて両手を繋ぎ、じゃれるように案内してソファーへ座るよう命じる。  トスン、と大人しく座ったアヤヒサの髪にキスを落として眼鏡を奪い、近くのローテーブルに置いた。 「なんにも怖くねーよ。すぐ戻ってくるから、ここで待ってろな」  見えねーとどこにも行けねーだろうしね。あはは。臆病者でごめんって。視神経引きちぎんのはちゃんと我慢してるよ。  抵抗しないから、きっとこれくらいは許してくれてんだろうな。  アヤヒサを命令で縛っていると、背中にトゲのついた視線を感じて振り返る。  トゲだと思ったのは、静かなハルの甘えたがりだった。  昔から尖ってはいたが、大人になっても変わっていない。  ハルは意外とかまってちゃんだし、俺といる時に他が割り込むと見るからに機嫌を悪くして噛みつくドラ猫である。  俺はその理由を今でも理解できない。  でも心地は良かったから、ハルと遊ぶ時は二人きりで遊ぶようにしていた。  ちょっと笑える。なるほどな。  理由はわかんないけど、そういうハルを見ると俺は構いたくなるっぽい。かわいそうなハル。俺に見つかって。 「あぁ、拗ねてんの」 「っ、馬鹿かよ。拗ねてねぇ」 「え? 俺が馬鹿なの今更じゃん。いじわるしたくなるから、あんま拗ねないで。ハルのとこにもちゃんと戻ってくるぜ」 「ひっ」  かわいそうなハルがどうか俺にいじわるされて嫌になりませんように、とお祈りしつつ、いじわるを我慢して平等に、真っ赤な髪へキスをした。 「は、咲ちゃんさぁ……っ」  するとハルはみるみるうちに顔まで赤く染めて、唸るように俺を睨む。  ありゃ、怒らせた。ごめんて。怒んねーで。ちと気遣い? 不足です。  アヤヒサは俺の無茶ぶりにも慣れてるし大人玄人だから涼しい顔をしてて、同じ付き合いのハルも余裕だと思ったんだけど、ハルは案外ダメなのな。理解。もっと大切に触れなきゃダメっぽい。そういやそうだわ。 「あー……うっかり。処女の相手は最近してなかったからなー……」 「!?」  そういう触れ方をしない友人だったからか、意外と慣れていないハルが目を丸くして硬直する様子を前に、ふむと頷く。  踵を反して、リビングを出た。  次はもっと優しく触れるよ。  ね、ハジメテのハルちゃん。  まずはシャワーを浴びた。  伸びた髪を洗うのは面倒だったけれど、これからこの無人の部屋を出て一人ずつに最低クソ発言極まりない告白をしないといけないと思うと、避けられない。  なるべく丁寧に体を洗う。  貧相、というほどやせ細ったわけじゃないが、元々よりはやつれた。アイツらは知らないうちに俺の栄養源だったのかも。  脱衣所で置きっぱなしだった寝巻き替わりの適当な服を着て、髪を乾かしながらぼんやりと想いを馳せる。  タツキは髪が長めだから、俺の髪が伸びてもかまわないかもしれない。  ショーゴとキョースケは短いから、髪が伸びた俺は嫌になるかもしれない。  そもそも内側も外側も人型のクズに等しい俺をアイツらが好いてくれているのか、定かじゃないところも怖いと思う。  俺って気持ち悪ぃよ。  生ゴミみてぇ。生ゴミに失礼か。なんせあんまそばに置きたくないタイプ。  お父さん以外に好かれようと思ったことないから、考えるだけでもむつかしいな。  だって全員泣かせたことがある。  とりあえず好かれてない。  ショーゴは本気でそうだったかもしれないのに、俺が怒らせて泣かせたから、必ず俺を嫌いになっているだろう。  やっぱ顔面に一発入れてもらえばよかった。キレイなハンカチをあげれば許してくれっかな。  キョースケは一度だけジョークを言ってそれっきりなにも言わないが、俺はたくさんいた客の一人に過ぎない。  有り金を全部はたけば、金ズルとしてそばにいてくれるかも。  タツキはそもそも俺にジョークを言わなかったので、確実に好きじゃない。  俺を神様扱いして信仰するから気がズレてつい歪めてしまったから、俺もタツキを神様として崇めれば喜ぶかね。  考えるほど前途多難だ。  誰も俺を好きじゃない確信がある。  だけど、俺はコイツらと一緒にいたいから、捨てられたくないから、怖くてたまらないのに、幸せになってほしいのに、その仲間に俺も混ぜてとねだりに行く。  絶対邪魔しねーよ。  近くにいるだけ。大人しくしてる。  見返りなんかいらねーから、全員一緒に愛していいって、それだけ許してそばに置いてくれれば、そんでしあわせ。  そう思うけど、それがなんとまぁハードなオネダリなのである。

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