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──ちゃんと、わかるよ。
脈絡なく始まった荒削りの語りを、イブの夜に言われた言葉で肯定する。
キョースケにしては珍しく、要点のわかりにくい話し方だった。
それだけで俺はなんとなく、キョースケがここに隠れていたそれらしい経緯に当たりをつけられる。
自分がそうなので、言葉の欠片で会話するほうが得意だ。
経緯や理屈には、感情という個人の主観があまり入らない。
なぜかはさておき察するに──キョースケはどういうわけか、廃ホテルでのハルとのあの会話を全て聞いていたらしい。
だから俺に返事をしている。
これはみっともなく吐き出した吐瀉物に近い懺悔に対するアンサーだ。
キョースケは俺がここに来るとわかっていたのでここにいる。
でも散々酷いことをした俺が、今更それは愛し方がわからなかったからだと言っても、普通は信じられない。
うん。これはたぶん合ってる。
残酷な俺が怖くて隠れてたんだな。
なら常識的で優しいキョースケが、わざわざ拒絶するような話し方をしたのも、俺への当てつけなのだろう。
「キョースケは……俺と決別するためにここにいるわけだ」
ゆっくりと息を吸い、目を閉じる。
俺の手から濡れた頬が離れて、その手を掴んでいた手が消えた。
ドサ、と重力に従って手を落とす。
キョースケはずっと、俺の先生であり、目標でもあった。
こうなりたいという優しさの権化。
他人事で学んだ定型的な優しさしかわからなかった俺に〝生きた優しさ〟を教えたのは、キョースケだ。
でも落第生の俺は、その優しさを同じに返せなかった。
大丈夫。痛くねーよ。
こういう反応はむしろ予想通り。
二人を手に入れたからって、三人目にも許してもらえるとは限らない。
「いいよ。お前になら、殺されてもいい」
ダラリとこうべを垂れて、うなじがよく見えるように力を抜く。断頭を待つ囚人のような気分で、死を受け入れる。
キョースケは俺を殺さない。
ただキョースケの言葉は、俺を殺すことができるというだけ。
「死ななきゃやめらんねーんだ、俺……恋の落ち方も、下手くそだから」
見えてなくてごめんな。
盲目な恋しかしたことないから、それしかできねんだよ。
追いすがりたくても普通のやり方とやらがわかんなくて、咄嗟じゃなんにも出てきやしない。俺の中の大事な一つが、もう二度と手に入らなくなった気分だ。そんな喪失感。
でも、いいよ。
殺して、キョースケ。
俺が項垂れてしばらく、キョースケはなにも言わなかった。
「──……そう、普通はバカげてる」
「え、ぁ?」
けれど不意に──ぎゅっ、と。俺は頭ごと熱い両腕に囚われてしまった。
おかしな温度だ。
思わず閉じたまぶたを開ける。
俺はなぜか、俺を捨てると決めたキョースケに、強く抱きしめられていた。
理解すると同時にハルに抱きしめられた時と同じように動けなくなって、俺はおそるおそる顔を上げてキョースケを伺う。
「わかっているのに、お前を、咲を……普通じゃなくなるくらい愛してたから……俺はここに来たんだぜ」
キョースケは、泣きながら笑っていた。
「俺は普通がわかるし、自分を普通の男だと思ってずっと生きてきた……なのに、おかしくなっちゃってさ……? 咲がいなくなって、寂しくて悲しくて会いたくて、クリスマスに引き止めなかったことを毎日後悔した……俺が『誰か一人だけを愛してみろ』なんて言ったせいで、咲にも翔瑚くんにも他の三人にも、俺は酷い傷をつけてしまったんだ……一番の悪人は、俺なんだよ……」
「なんで? 違うのに、キョースケ?」
「違わない……だって、嬉しかったから……なにも特別なことをしてない俺を恋しがってくれてたって聞いた時……俺、泣いてるくせに──笑ってたんだぜ……っ」
「キョースケ」
ごめん、さき、ごめん、ごめんな、と繰り返しながらクシャクシャと涙を流し、震える胸の内を懺悔するキョースケ。
「違うよ、違う。イイコだよ、キョースケ。ダイジョウブ。イイコ、キョースケ、イイコだね。イイコ」
俺は罪人のように縮こまるキョースケの言葉が理解できなくて、ただ名前を呼んで無責任に否定した。
だって意味不明なんだよ。
なんで、キョースケはなにを謝ってんの? キョースケが笑って悪いことなんかなんもねーのに。そうだろ?
キョースケ悪くないよ。
泣いてるキョースケも悪くないよ。
「笑っていいよ。キョースケ、イイコ。ダイジョウブ、ダイジョウブ」
「ぅ……っふ、ぅ…っ……っ」
「ダイジョウブ、怖くねーから、寂しくねーから、ね? ダイジョウブ。ほら、指かじりな。髪も結んであげる。あとは……俺、もう泣かねーよ」
こういう時の言葉選びに自信がなくて、受け売りのセリフを繰り返した。
自分が言われてイイと思った言葉を言ってるんだけど、違ったらやだな。少し不安。キョースケが泣いて俺はバカになってるから。
ヒクつく背中に腕を回してみるけれど、これを求めているのかはわからない。
いつも通りの思うままに振る舞うとうっかり傷つけるかもしれないから、迂闊に動けず、浮かんだ俺のセリフも言えなかった。
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