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20(side今日助)
まず咲はとんでもない美形だ。
三百六十度顔がいい。
骨格から体格も全て男らしく長身で筋肉も綺麗についているのに、色素が薄くて男くさい雰囲気がない。
ないが、制服である黒いリネンシャツをまくった腕やボタンを開けた首筋、腕時計を巻いた手首が凶器に等しい筋と骨を見せつけている。
俺だって初めてカフェエプロン姿を見た時は、内心で頭を抱えた。
正面で見るとあちこちチラリズムしてるし、エプロンにガードされない後ろ側は引き締まった尻から太もも、脚がヤバい。そんでやっぱり尻と腰。からの意外と広い背筋。あのビジュであの顔で色白で線が細いのになんで肩幅しっかりしてんだもう筋肉大好きだもうあぁもう。
ハイスタイルイケメンのエプロン姿は、根っから男好きなゲイの俺にはただの目の毒だった。
あと尻尾のようにチョビッと後ろでくくった髪もカワイイ。
そりゃ飲食店だから髪はくくるだろうけど、咲がそうすると常に余裕そうな態度とのギャップでカワイイ。
俺の好みドストライクな咲は、女性にとってもちゃんと魅力的な男だと思う。たぶん。
男としては憧れるタイプだぜ。
やっぱ男の世界でも見た目よかったりコミュ力高い人に構われるって、なんか嬉しいんだ。たぶんな。
で、その外見からプラスの咲が軽率に声をかけて会話もうまいとなると、俺は困るわけだ。
咲は覚えようと意識して見聞きしたことはほぼ忘れない。
だから店員の仕事を熟すと、客の注文や好みは忘れない。
常連客の〝いつもの〟は全部覚えていてスムーズだ。
職場がこの近く。
電車はどの時間のものを使う。
会話したなら、そういうことも覚えている。仲良くなった、わかってもらってるって思い込むのに十分だろう。
そんな男が仕事終わりのどこか疲れた女性客にニンマリと笑いかけて、耳心地のいい色っぽい声で、こう言う。
「おねーさんは二度目ましてデスネ。でも今日はちょっと頑張りすぎた? あららー……クマちゃんとネコちゃんとワンちゃん、どれが好きデスカ」
一見ハデな、言い方を変えると怖そうな咲だが、話し方はゆるめ。
注文を受けながらそれっきり、振り返ってドリンクを作る。
ビックリと戸惑うあのお客さんのカップには、幼稚園児みたいな絵柄のクマちゃんが描かれてるんだろう。
全部見えてるし聞こえている俺は、苦笑いして呆れる。
ちなみに年代と性別で変わるぜ。
あと時間帯でも、うーんもう人によって全部変わるな。うん。
こないだ店の前で通話しながら謝ってたリーマンには『おにーさんお酒飲めマス? ここ夜はバーになるんデスヨ。元坊主のマスターがお悩み相談やってるけどお客さん来なくて、お酒飲めるならちょっと寄ってったげて。あ、坊主ってハゲてるからじゃないデスよ?』と注文の品を作りながら笑っていた。
これ、本人はただの営業な。
なのにこんな感じでサクッと知り合った結果のヒット率。
マスター曰く、八割五分。
「……選んだのがホストじゃなくて、カフェの店員でよかった……」
心からそう思って、パタンと教科書を閉じた。
ノートに意味なくペンを走らせ、コミカルなイラストを描く。
朝の教育番組のキャラクターにありそうなタッチで、むにょむにょと咲野の似顔絵が完成した。
なかなか似てると自画自賛。
その隣にむにょむにょと自分のイラストも描く。
ちょっとぶさいくかもしれない。適当だ。自分だからいいだろう。
できあがった二つの顔にむにゅん、と吹き出しを付け足して、カリカリとセリフを入れる。
「『一緒にバンゴハンを食べるヤクソク。今夜はなに食べたい?』……んー……咲ならたぶん『なんでもいいよ』だけど、俺の妄想ってことで……『キョースケの作ったものならなんでもスキ』」
くくく、と声を殺して小さく笑った。
簡単なイラストにしてしまえば、咲はいつでもノートの隅っこで俺の思いつく限りの甘いセリフを吐く。
手元に収めると、いくぶん留飲が下がった。俺、メンタルコントロールは得意なんだぜ?
凹むこともあまりないけれど、自分の気分の上げ方も知っている。我ながらイージーモードの恋人だと思う。
だからこそ、一番新参者の俺が〝金曜日の男〟だったり。
他の四人の誰とでも気兼ねなく二人でご飯に行けるくらいにはメンタルが図太くて自己主張願望もあんまないからな。
底抜けに平和的。
咲とは真逆だが咲ほどまんべんなく、誰しもに優しい。
ってのは社長の弁。
買い被りすぎだと自分は思うけど、そう言われると嬉しいな。
一番咲にストレスを与えなくてむしろ癒す男、ってのは春木さんの弁。
やっぱ買い被りすぎと思うけどこれも嬉しいぜ。ここまで言われるとちっとプレッシャーだけどな。
それを他の二人も許してくれたから、俺が花の金曜日担当なんだ。
なってみてわかった。
他のメンツがもしそのポジションに収まったらどうなるか。考えるだけで苦笑いが浮かぶ。
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