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02
命令待ちのプロフェッショナルなアヤヒサは、目の前でタツキが構われていても文句を言わない。
ただ控えめに俺の右腕に手を添えて、フンと鼻を鳴らす。
ホントはもぎたいくせに。
タツキのようにちょっと口を開いて「こっち見て」と言えば、俺が必ず自分を見るとわかっているくせに。
それをしないからこそ、アヤヒサに構ってやりたくなる。
「なにか言いたいことねーの?」
「ン」
言いながら右腕を伸ばしてアヤヒサの唇を押さえると、なにも言えないアヤヒサは、フルフルと首を横に振った。
ほらね。こういう、聞き分けよく従順に待つことで俺の気を引くやり方は、大人ぶったアヤヒサの特権。
目に甘えん坊が見えるショーゴにはできないこと。してもいいのに。
じっと目を見つめると、レンズの向こうの瞼が閉じて開いた。相変わらず、イタズラしたくなる年上のカレシちゃんだわ。
「アヤ」
「ン……」
「カワイイこと、言ってみな」
放置することなくタツキの髪をなでながら、制限をつけてアヤヒサの口元からそっと手を離す。
顔に出ないが、アヤヒサは微かに狼狽えた。三十も後半の男にかわいげを求められるとは、思わなかったらしい。
自分もかわいいことを言ったほうがいいのか、とタツキが気にかけるような気配を感じて、鼻先にキスをする。
無意味じゃん? 俺、かわいいものが好きなわけじゃねーし。うふふ。
あぁ、つまりタツキは生きてるだけでかわいいって話。わかればいいけど。
「……咲」
そうやってタツキに構っていると、アヤヒサが俺の右手を掴んだ。
片眉を上げて視線をやる。
涼しい顔をして、脳みそはフル稼働しているのだろう。
俺好みのカワイイセリフとやらを脳内検索して、アヤヒサはやっと口を開く。
「私は……かわいくないかい?」
「ぷっ」
思わず吹き出した。
この期に及んで、まだ大人ぶった返事をするからだ。
意味は〝自分の恋人がかわいくないって言うのかい?〟という、挑戦だった。駆け引きがナチュラルな世界の住人の弊害。
アヤヒサのこれは、不治の病なのかもしれない。大人になればなるほど、不治の病は不治たりえる。
俺は掴まれた手をねじって離し、そのままアヤヒサの腕に絡めてグッと引き寄せた。
「っ……」
「アヤヒサ。カワイイこと言ってって言ったじゃん。俺に命じられたから言うしかねーってコトにしてさ、オマエの鉄仮面を毟りとってやったのに……伝わらないなら恥ずかちーけど普通に言うよ。いい?」
「普通に、かい?」
「そ。俺は、ちゃんと〝こっち見て〟〝カワイイって言って〟って言えっつったの」
「……そう、か。すまない」
至近距離にあるアヤヒサの鼻先にキスをする。メガネが邪魔になって、適当に指で弾く。唇にキス。下唇を食んで、舌先で表面を嬲る。
顔を離すと裸眼の瞳が丸裸の赤ん坊になっていて、つい笑ってしまった。
「うん。そんな目でオネダリして、オマエはもっと素直に欲しがればいい」
「あ……」
「ま、アヤヒサはそれができないカワイイ大人だから、俺は年上好きだよ」
返事が返ってくる前に、アヤヒサの肩を抱いて自分の体に寄り添わせる。
タツキの頭をなでて、アヤヒサの頭をなでて、ちゃんと平等に腕を与える。
体は一つだから半分こ。
たまに思うにゃぁ。
なんで俺は体を五つに分けて生まれてこなかったんだろうなってさ。
「咲……私の好みは、咲だ。私は咲の年下にはなれないけれど、こうやって抱き寄せられると、なんだかすごく、気持ちがいい」
「ふぅん? アヤヒサ、赤ちゃんみてーに抱っこされたいの?」
「そこまでは、どうだろうね。……だが、もっとわかりやすく甘えられるクソガキになりたいと、思う時もあるよ」
俺に捕まっても離れようとせず、そっと頬を寄せてそんなことを言うアヤヒサ。
スリスリと擦り寄る。意味わかんね。俺のまだ理解できない感情だ。
でも、不快じゃない。
アヤヒサが満足そうだから、俺も満足。わざと髪をクシャクシャにかき混ぜて、整ったなりを崩す。
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