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ビールのつまみは枝豆。
『ビールのつまみは枝豆。』
「はぁ…………」
仕事終わり、居酒屋にて。
気の置ける同僚を目の前に溜め息を溢すこと六回目。
「………はぁ」
目の前の同僚はビールジョッキを傾けながら俺に視線を投げた。
「…………それ、ふれた方がいい?」
中身を半分流し終えて、同僚は漸く話を切り出してくれた。
「よくぞ訊いてくれた、溝尾 !」
「うわっ、うるさ」
「どうかしたのかって訊いて!」
「え、めんど……」
「早く!」
「はいはい、どうしたんですか安達 くん」
枝豆に手を伸ばしながら溝尾は呆れた眼差しを寄越した。
「うぅ…実は、実はな………今日人生初の告白と言うものをされたんだが……」
「へぇー、良かったじゃん」
「良くない!何も良くない!」
「いや、だから煩いって」
溝尾の皿には着実に枝豆の殻が増えていく。
俺は手を添えていたビールジョッキを一気に煽った。
「頼む?」
「頼む!」
横切った店員を呼び止めて溝尾がビールを二つ追加した。
「で、安達は何が不満なわけ?」
「うっ……うぅ……だって、だってだな……人生初の告白がまさか………」
「まさか?」
「お、男からだったんだよ…………しかも俺が教育担当した新人………」
それは今日の昼休み。
本当に唐突な出来事。
『安達先輩って男にモテそうですよね。女受け悪そうだけど』
『おまっ、それ悪口だぞ。せっかく俺がこうして昼飯奢ってやってるのに何て言い草だ』
『え?ああ、違いますよ。そう言うことじゃなくて…』
『?』
『つまりですね。僕から見たら魅力的だって言いたかったんです』
『はぁ…………?どうも?』
『うーん、やっぱ鈍いな。意味分かりました?僕は先輩が好きなんですよ。恋愛的意味で』
なーんて事があり俺はフリーズしたまま昼休みを終え、定時と共に溝尾を捕まえて、この居酒屋へと駆け込んだわけだ。
「新人………ああ、あのキラキラ王子か」
「キラキラ………?」
「女性社員がそう呼んでた」
追加のビールが運ばれてきて、俺は再びジョッキを煽る。
「俺、そんなに女受け悪そう………?」
「あ、そこなんだ。まあ……女受け良かったらこんな三十路になるまで童貞守れなくない?」
「うっ………深く刺さる……。だが溝尾、それはお前もブーメランだ」
「はははは、俺、童貞だなんて一言も言った覚えないけど?」
まるで機械人間のように枝豆を口に運び続ける溝尾を凝視して、恐る恐る口を開く。
「え、マジで?まさかの裏切り?だって溝尾、彼女居ないじゃん?お前のこと高校から知ってるけど女っ気まるでなかったじゃん?」
「いやいや、居たことあったよ」
「え!?俺、知らないよ⁉」
「そりゃ言ってないからね。」
何この当然だろ的な口振り。
もう俺のライフ底付きそう………。
「酷い。溝尾の裏切り者。俺はもう何も信じない」
テーブルに突っ伏した拍子に額を強く打った。
ああ、これ絶対赤くなってるやつ。
「うわっ、痛そ。まあ俺の話はいいや。それでどうすんの?」
「……何が?」
「返事だよ。告白の」
「断るに決まってる」
「何で?男だから?」
「いやその辺偏見はないけど」
「あ、ないんだ」
ちゃっかり一人で枝豆を平らげた溝尾は、意外だと笑う。
「偏見はない。けどアイツは嫌だ」
「その心は?」
「アイツ、絶対遊んですぐ捨てるタイプ。出てるだろ、チャラオーラ!」
至極真面目な回答に溝尾は大爆笑。
何笑ってんだ、コイツ。
「チャラオーラって、はははは!」
「だからダメ。俺は真面目なやつがいいの」
「どんなんがタイプ?」
「波長が合って、一緒にいて気楽で、話聞いてくれて、時には厳しい意見もくれる人かな」
「ふーん……………………それって俺じゃん?」
「……………………確かに!」
「よし、乾杯だ!」
「おお!かんぱーい!」
重なるジョッキの音、そのままの勢いで互いに残りのビールを流し込んだ。
「…………………………」
「…………………………」
「……………………じゃあ、付き合ってみる?」
「………………え?誰と?」
「俺と」
「………………………誰が?」
「安達が」
瞬きを繰り返す俺を見て、溝尾は笑った。
何を笑ってるかと思えばぶつけた額が痛そうだと言った。
「……マジ?」
「ふっ、チャラオーラ出てる?」
「出、てない……と思う」
「じゃあいいじゃん。すいませーん、生二つ追加!」
追加ビールが運ばれるまで、ほんの数分。
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
「待って、ちょっと待って」
「ダメ、ビール来るまでに決めて」
「うっそ!?え、早くね⁉」
「はははは、嘘。いいよ、いくらでも待つよ。何たって三十路までずっと言うのすら我慢してたんだし」
「我慢って……いつから……?」
「うーん、童貞捨てた時から?」
「だからいつ!?」
「はははは!」
三杯目のビールは、温くて味がしなかった。
【END】
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