7 / 9

溺愛

『溺愛』 好きな子が出来るとどんな感触で、どんな味がして、どんな顔で泣くんだろう? そんな事を考えた。 それを最初に話したのは両親で、勿論こっぴどく叱られた。 「それは異常者の考えだ!二度とそんな事を口にするな!」と怒鳴られた記憶は子供ながらにハッキリと覚えている。 僕はそんなに悪いことなのかと心では思いながら、言い付けを守り、決して人に話すことはしなかった。人様から見たら普通じゃない性癖をずっと、ずっと隠して生きてきた。 幸い容姿には恵まれたらしく、好意を寄せられることが多かった。 高校に入学してからはそれが顕著に現れて、僕は拒むことをせず、告白されれば誰でも付き合った。 不思議と彼女たちに噛みたいと言う衝動は生まれなかった。もしや隠しているうちに嗜好が変わったのかもしれないとも思えたが、心はどこか満足しなかった。 そして必ず僕が振られる。台詞は決まって「私じゃ満足できないのね」だ。 去る者は追わない。だから結局長続きしない。 そんな退屈な日々に終止符を打ったのは、クラスでは根暗と呼ばれている地味なクラスメイトだった。もちろん交流なんてものはなかったのだが…。 「す、好きでっす…………つ、つつつつつ付き合って、くれませんか……」 そよぐ風にさえ負けてしまいそうな声量で、彼は僕に言ったのだ。 「その、あの………男だけど、ほんとに好きで……オレ、何でもするから………だから……」 正直驚いた。 接点なんてほとんどない。ましてや僕も彼も男。 「…………いいよ」 「………………ぇ!?」 暇潰し、なんてのは建前。 本当は今までのどんな告白より高揚した。 「いいよ、付き合ってあげる。何でもしてくれるんでしょ?」 ――これが、三ヶ月前の出来事。 相手が男でも女でも、やることに大した違いはない。 登下校を共にすれば彼は顔を綻ばせたし、休日に遊びに誘おうものなら興奮冷めやらぬ様子で計画を立ててくる。 「五十嵐(いがらし)は本当に僕が好きなんだね」 「ぇ……えっと……うん、好き。ごめん」 俯くと長めの前髪で目元が隠れる。 「何で謝るの?僕は怒ってないよ?」 それを掬い上げると大きな黒目が僕を覗いた。 綺麗な目。僕だけを映してくれるこの目をクラスの皆は知らない。気付かない。僕だけの、目。 全く接点のなかった僕らが急に歩み寄ったことに、最初こそ戸惑いの声が上がったけれど、今となってはそれもすっかり風化した。 恋人として付き合ってるとは言っていない。 まさかそんな事考えもしないだろう。 現に告白される回数が減ることもなく、五十嵐は五十嵐で変わらず根暗と呼ばれ続けている。 「あ、あの………あんまり、見ないで……」 「どうして?僕、五十嵐の目好きなんだけどな」 「うぅ………だって……晴海(はるみ)くん格好良いから……恥ずかし……」 「ふふ、嬉しいこと言ってくれるね。ほら、もっとこっち見て」 促すとプルプル身体を振るわせながら、その瞳に僕を映した。 ああ、綺麗だな。 まさかこんなに彼にハマるとは思わなかった。 いつの間にか捕らわれた。 彼が僕に抱く気持ちなんて、とっくに超してしまってる。 まあ、彼はその事に気付いていないのだけど。 「五十嵐、僕の膝の上乗って」 「え……!?い、や……そんな、恥ずかし……」 「大丈夫。ここは僕の部屋で、僕以外誰も見てないよ?家族も今日は帰ってこないから、ね?」 けど……、と煮え切らない彼に大丈夫だと微笑み掛ける。 意を決したように動いた彼は、僕に背を向けて膝の上に乗り上げた。 「………そっち向いちゃうの?僕、五十嵐の顔見たかったのにな」 「うっ……その、だって……」 「ま、いっか。じゃあ、こうしちゃおう」 小さくなっている身体を包むように腕を回すと、緊張に硬直しているのが分かって、堪らず笑みが溢れた。 「五十嵐って子供体温?」 「そぅ、かな……?」 「あったかーい」 「うぅ………」 好き。好きだな。 ずっと離したくない。 俯いた彼が晒す無防備な項が目に入る。 思わず舌を舐めずった。 ………噛みたい。 この白い肌に歯を突き立てて、彼の味を知りたい。 「………晴海くん?どうかし――ふぁっ…!?」 ビクッと身体を跳ね上げたのは、項に這わせた舌のせいだ。 「あ…や、なに……!?」 「ふふ、ごめんね。あまりにも美味しそうだったから」 本当は噛みたいんだけど。 「もぅ……ビックリした………」 「可愛いな、本当」 どうしたらいいのかな。 優しくしたい。 けど僕が満足しないと、彼も離れていってしまうのかな。今までの彼女達のように。 嫌だな。そんなの嫌だ。 離したくない。 ずっと、ずっと、ここに閉じ込めたい。 ズブズブと溺れてく。 君への愛に溺れてく。 正解なんてないのなら、 君と一緒に沈んでいけたらいいのにな。 【END】

ともだちにシェアしよう!