3 / 10

第2話

「あははははっ!それにしても良く食うなぁ坊主。 美味いか?美味くないだろ?」 大口開けて豪快に笑うこの男に、僕は救われた。 あの時、僕が聞いた砂利を踏む様な音はこの人が立てた物音だった。 この如何にもな法衣を纏った人物が、 腹に何かを振り下ろす僕を見て咄嗟に腕を掴み上げたのだ。 そのせいで腕には指の形に痣が付いてしまったが、仕方ない。 僕は捨てる筈だった命を救われたが、それだけじゃない。 彼は細々とした世話まで見ず知らずのこんな孤児にやいてくれた。 なんとか雨を凌げる場所を見つけ僕を押し込めると火を起こし、僕を飢えと寒さから救ってくれた。 火は暖かった。 握り飯も。 「ーー美味い。」 「ほぉ、美味いか。それならほら水もやろう。たんと飲みなさい。」 僕は水筒の水を遠慮なくゴクゴクと飲み干した。 薄らと桃の香りのするこの水は今まで飲んだどの水よりも美味かった。桃の汁でも垂らしているのかと思うほどに、美味かった。 もう一つ有るから全部飲んでも構わないと、男が言うので僕は遠慮しなかった。 いいや、出来なかった。 この死にまみれた土地で僕の様な孤児があとどれだけ食べ物に有り付けるのか、考えるだけ無駄だったからだ。 「お前さん、何でこんな所に居る?」 「そういうあんたは何で。」 「そりゃ、この格好を見りゃ分かるだろう坊主。此処らに転がる仏さんを弔いに来たのさ。」 ふーん、と聞いてまたゴクリと水を飲むと、勢い余って口の端からつぅと溢れた。この坊主は何で僕が此処にいるのか聞いてきたが、僕には答えようが無かった。 流れ流れて歩き疲れてお腹が空いてもう喉もカラカラで、何処でも良いから人工物が見たかった。 人恋しかったのかもしれない。 誰かが作ったものの側でひと休みしたかった。 心が煉瓦の様に乾いていた。 「僕は...僕は、分からない。」 「名前もか?」 「名前も、歳も、自分が何処から来たのかも分からない。 多分、忘れているだけだと思うけど。 気付いたら僕は知らない場所を歩いていた。」 「そうか。」 僧侶はうんうん頷いて、直後低く頭を垂れてぐぅと唸った。 「坊主。」 「何?」 「...俺のやった水は美味かったか?」 「美味かった。桃の香りの水なんて初めてだし。」 僕はまだ手に持った水筒を掲げて見せると、僧侶は眉をしかめて低く唸った。 「それなあ、只の水じゃねぇんだ。 その証拠に、らお前にはその水から桃の香りがしたんだろう?」 ドッ、と僕は鼓動が乱れるのを感じた。 彼の口振りが、何か不穏な空気を含んでいる様に感じられて、 意味のわからない不安が僕を襲う。 「この水は俺の特別でなぁ、坊主。只人が飲めば只の水だが、化け物が飲めばその身が弾ける程に強力な力を持っている。 聖水と言うものだ。」 「聖、水...」 「そして化け物でも只人でも無い者が飲むと、聖水はたちまちその味を変える。」 それが桃の味なのだと僕は自ずと悟った。 だが、この世に人と化け物以外に何が有るというのか。 僕は人でも化け物でも無いのなら何だと言うのか。 分からない。 意味不明な言葉ばかりだが、ひとつだけ理解した。 僕は、今。 人と化け物以外の ーー''何か"の区別を付けさせられた。

ともだちにシェアしよう!