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第7話

「その母親は先見の瞳と交換に、村を病から守ったのだと彼女の夫が話していたなぁ。」 ーーなぁ、分かるか坊主。 「こりゃ恐らくお前の居た村の話だと俺は思うが、どうだ?」 思い出すより先に僕の瞳はぼやけていた。 ぽたぽたと零れ落ちるそれが涙だと気付いたのはだいぶ後だった。 「彼女も瞳を閉じたままだと言うのに、俺の顔をしっかり見据えていたな。」 ーー先見の明は失ったが、視力はまだ目蓋の向こうで残っているんだろう。 彼は僕の方を向くと笑って言った。 その瞳はとても穏やかで、優しい労わる様な声音で尋ねてくれた。 「何か思い出せたか、坊主?」 その時、靄のかかった様な僕の記憶の中でチラと頭の中を何かが掠める。 黄緑色の着物の袖の色だ。 あれは誰の着物の袖なのだろうか。 もしかして、ほんの一瞬だけ覚えている母の物だろうか。 あまりに遠い事でよく覚えていないけれど、誰かが必死で声を掛けてくれていた。 ーーそうだ。 「この雨が止んだら、俺と来るか坊主。」 「な、に...?」 「俺と旅をしねぇか。 あまり贅沢とはいかねぇが気楽なものだぞ。」 「駄目だっ、!僕が居たらあんたが狙われるっ、!」 「狙われる?一体何にだ。何か思い出したのか?」 彼は深刻な声でじっと瞳を向けて来たが、僕はその瞳から逃げる様に地面を見て、言葉を闇雲に咀嚼する。 言って良いことと、いけないことを小分けしてよく考えてから声を発した。 「僕は、追われている。」 僕は初め確かに村から逃げた。 けれど、 僕はもうずっと永い間"それ"からも逃げ続けていた。 「死の匂いを辿り命を吸う黒い化け物に、僕は狙われている。」 「何っ、」 「あんたは"アレ"が何か知っているのか?」 彼はまだ僕を見ていた。 目を逸らす事も、俯く事もせず僕を見ていた。 この世で孤児に逢うと人々は必ず目を背け、眉を潜め、目を逸らすと言うのに。 彼はただ真っ直ぐに、僕の事を見ていた。 それが、無性に嬉しい。 だから、思う。 僕の事でこの僧侶に迷惑をかけてしまいたくは無い。 彼には僕以外にも困った人を、死者を弔う立派な事を為して欲しい。 「だったら尚更、お前は俺と来い坊主。」

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