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第8話
「だったら尚更、お前は俺と来い坊主。」
「な、んで。」
「お前に身の振り方を教えてやる。それと、チカラの使い方もな。」
「チカラ?」
「そうだ。」
僕はハッとして俯いていた顔を上げた。
「お前には、チカラが有る。
その使い方を覚えれば、お前は存分に生きられる。」
彼が直ぐ側まで来ていた。
この腕を伸ばせば届きそうな所に、彼が腰を下ろした。
その手は本当に手が届いた。
僕のでは無く、彼の手だと言う事に気が付いたのは数瞬あとだった。
「腹が減ったら飯を食え、喉が乾いたら水を飲め。
俺が教えてやろう、坊主。」
ぽん、と頭に乗ったそれが最初、それが何なのか分からなかった。
温かくて、大きくて、がっしりとした何か。
それは僕の頭をがしがし荒らすと、ぽんぽんと跳ねた。
「その代わり、逃げるな。泣くな。そして生きろ。」
「... ...っ、ふ、ぅ、ぅ...ぅぅ」
僕は、泣いていた。
掌で受け止めた涙の先が僕の目だと分かるまで、
僕は自分が泣いている事実が理解出来なかった。
そんな事にも気が付かない程、僕は僕自身の事にまるで無関心だったのだ。
そんな事を考える余裕すら無かったのだ。
只、息を吸い死なない程度に生きていればそれで良いと思っていた。
それでは、駄目なのだ。
この時の事を僕は一生忘れないだろう。
この涙、この目の熱さ、彼の手の大きさ、温かさを。
これらは初めて僕に"生きた心地"と言うものを味わわせてくれた。
この身は石ころでも樹の根でも無く、
血も肉も温度もあるが何時も何かが欠けた気になっていた。
いいや、事実欠けていたのだ。
僕は、血が滾るほどの激しい感情をこの身に覚えた。
「俺の弟子になれ、坊主。」
飢えも渇きもなく、直向きに生きていく。
ーーそんな生活が、本当に有るのだろうか。
そんな真っ当な人間の様な暮らしが僕に出来るのだろうか。
僕はこんなに何もできやしないのに。
「来るか?」
そう言って大きな手が差し出される。
彼は言った。
生きる術と引き換えに、逃げるなと言った。
手始めに此処からなのかもしれない。
はじめの一歩は、彼の言葉に答える事から。
僕はしゃっくりに耐えながら、涙と鼻水塗れの顔を袖で拭って答えた。
格好は付かなかったけれど、はっきりと言えた。
「僕を、連れて行ってください。」
彼はニコッと笑って答えてくれた。
「おう。それでこそ男だ。」
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