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運命との出会い③

 そんな特殊な生活環境におかれても、生活はあるし仕事もある。ナダールは父が騎士団長を勤めるランティス騎士団の団員として日々働いていた。  ナダールが住むこの国はランティス王国。住んでいるのはその国の首都メルクードだ。父はそこで騎士団長をしている、言うなれば国の武官のトップである。  αは秀でた才能を持つと言われるが、父もその例に漏れず優秀な騎士だった。そして、自分はというと同じαにもかかわらず、あまりぱっとしていない。何故なのだろう、と首を捻るまでもなく自分はあまり争いが好きではないのだとその結論に達する。  騎士としての仕事は好きだ、デルクマンの家系は代々騎士の家系であるし、剣を振るうのも嫌いではない。だがナダールはその剣で人を傷つけるのは大嫌いだった。大事な人達を守る為ならばと剣技の腕も磨いてきたが、争いごとはどうにも性に合わないのだ。  食べる事が好きで、楽しいことが好きで、自分の周りが幸せならそれでいいじゃないか、とナダールは常々思っている。  ただランティス王国の隣国には国境を挟んでメリア王国という国が有り、その国は非常に好戦的な国だった。隙あらばと自国の領土拡大を狙っており、ランティスとメリアの国境近辺では小競り合いが常態化している。  騎士団員という仕事柄そういう地にも赴かなければならないナダールはとても気が重かった。 「最近この辺で子供が殺されたり襲われたりしてるのって、やっぱりメリア絡みなのかな?」  同僚の言葉にナダールは眉を寄せた。 「ここは国境からも離れていますし、メリアは関係ないんじゃないですか? そもそもこんな所で子供を襲ってどうするんです」 「だって、襲われてる子供って王子に似てるんだろ? っていうか、王子がこんな所に居る訳もないのに王子を見たって情報も後を絶たないし、どうなってんだろうな」  同僚はぼやいて天を仰いだ。ナダールと同僚達が何故こんな所で馬を走らせているのかと言えば、ここ最近メルクード近郊の街で少年が襲われるという事件が頻発していて、その事件を追ってナダール達騎士団員は街道を馬を駆けて調査して廻っているのだ。 「王子、王子ねぇ……お前王子って見た事ある?」 「まぁ、式典なんかで何回かは」  同僚の言葉にナダールは言葉を返す。 「まぁ俺もその程度だけど、なんていうのかうちの王子って普通じゃん? なんか、ぱっと華やかって訳でもなく、容姿もまぁ悪くはないけど、普通じゃん。髪もお前みたいに派手な金髪って訳でもなく無難な茶色でさ、言っちゃ悪いがそんな子供この辺にどんだけいると思ってんだよ。対策練れって言われたって、王子っぽい子供が狙われてるって、それもう子供全般じゃないか! どう対策しろってんだ!!」 「まぁ、そうなんですよねぇ……」  同僚の言葉にナダールは苦笑いを零した。 「しかも襲われてる範囲広すぎ! なんなんだよ、こう法則性って物はないのか!」  同僚の叫びに、思わずおずおずと「法則は、あると思いますよ……」と、自信なさげに返したナダールの言葉に同僚は「ん?」と顔をこちらに向ける。ナダールは困ったように、彼の顔を見てまたへにゃりと笑った。 「法則、地図と事件が起こった日にちと時間、全部照らし合わせると、あちこち行ったり来たりはしてるんですけど、段々メルクードに近づいて来てます」  ナダールの言葉に同僚は今度は「え?」と驚いた表情を見せて馬を止め降りると、事件の概要を書いた書状を広げてまじまじとそれを眺めた。  もう一人の同僚もそれに習い、同じように彼の書状を覗き込めば、確かにナダールの言う通りで「そういうことは早く言えよ」と呟いた。 「それでお前、今日はこの辺張ってみようって言ったのか、ちゃんと理由があるなら先に言えよ」 「確信があった訳ではないので、すみません」 「お前そういう所謙虚って言うか、弱気って言うか、図体ばっかり大きいくせに気が弱いのどうなんだ? お前あのギマール・デルクマン騎士団長の長男だろ、もう少し自信持って発言してもいいと俺は思うぞ」  同僚の言葉にナダールは苦笑する。父親の背中が大きすぎていまひとつ自信が持ちきれない自分、だがこれはもう生まれ持った性分なので仕方がない。 「それで、お前はこの辺のどの辺りだと思うんだ?」 「ええと、街道沿いに進んでいるなら、この道で間違いはないと思うんですけど、時々道を外れる時があるので、もしかしたらこっちの方かな、と」  そう言ってナダールは地図を開いてとある小さな町を指差した。それは、三人が居る場所からほど近い小さな町だった。 「年頃の子供が居たら忠告もしないといけないし、行ってみるか」  同僚はそう言って、馬に跨った。ナダールもそれに習い馬の腹を蹴る。  先程の微かな薫り、その匂いも気になった。たぶん近くにΩが居る。αの薫りはどちらかといえば柑橘系の薫りがする。それに対してΩの匂いは甘い薫りが多いと聞く。  両親のように番になってしまうとその二人の匂いが交じり合ってしまい、それはそれでまた独特のいい香りに変わるのだが、先程の匂いはまだそんな感じではなかったので、おそらくあれは番の居ないΩの匂いだ。  ナダールはお守り代わりに首にかけてある小瓶を握った。幸いな事に、まだこの丸薬に頼ったことは一度もない。  運命の人だったらいいな、とは思う。だが、違ったらと思うとΩに会うのは怖かった。  ナダールはあの強烈な甘い薫りと何も考えられなくなるあの恐怖をいまだに忘れられずにいるのだ。もしも、自分が気付かぬ間に相手を傷付けてしまったら……それがどうにも怖かった。  だがそんな思考をよそにナダールは馬を駆る先に、また微かな匂いを嗅ぎつける。  いる……  Ωだけじゃない、αの匂いもする。  守りの付いたΩなのかと少し安堵した。だがそれは一瞬で、突き抜けるような甘い薫りが風に乗ってナダールの嗅覚をくすぐった。あの、むせるような甘い薫りではない、だがその甘さは自分の思考を奪う。 「どうした?」  馬を止め、あらぬ方向を見つめた自分に同僚は不審げな表情を見せる。それでも、ナダールはその方向から目を逸らせない。  いる!!  それは『感覚』でしか分からないと父は言った。  その時はその『感覚』というモノがどんなモノか分からなかった、けれど今確信する。  ここにいる!  ナダールは、そちらに馬の鼻先を向けた。 「あ、おい! ナダールどこに行く気だ!」 「すぐに戻ります! 先に行ってて下さい!」  運命には抗えない。自分のたった一人がそこに居る。 「ちょっと、待て! こら~!!」  同僚の叫びを背に、ナダールは馬を駆った。  薫りはとても不安定で、時折αの匂いも入り混じって、場所の特定が難しい。  どこだ? どこにいる?  相手にだって、自分の事は分かっているはずだ、向こうもこちらを探してくれている筈だとそう思うのに、一向に距離が縮まる気がしない。  呼べる名前を知らない事がもどかしい、叫びたいのに叫べない。こんなに会いたくて、会いたくて仕方ないのに、薫りは自分から逃げるように遠のいて行く。  もしかして、このαの匂い、αがΩを連れ去ろうとしている? 私の運命の相手を連れ去ろうというのか? かっと頭に血が上る、そんな事絶対させるか!!  全力で馬を駆ると前方に人影が見えた。ひとつは小さく、ひとつは大きい。二人ともフードを被って、大きな方が小さな方の手を握り逃げるように駆けていた。 「待ちなさい!」  ナダールは声を張り上げる。だが、二人は止まらない。  どっちだ? どっちが自分の運命だ? 状況的に考えれば小さい方だというのは分かる、だがナダールには確信が持てなかった。何故なら、そこには何種類かの匂いが入り混じっているのだ。  Ωの匂いが二つにαの匂いが一つ、いや二つ? αの匂いはとても強く威圧感がある、手出しをしてはいけない、それは本能が訴えかける。  αは気に入ったΩに匂い付けをしてΩを守る事がある。この匂いはそういう物だ。  だが、そんな事には構っていられない、何故ならそこに居るのは自分の運命、どんなαが守りについていようと自分の運命をみすみす渡すわけにはいかない。 「二人とも待ちなさい! 私は何もしません!」 「悪者ほどそういう事を平気で言うもんだ!」  大きい方がそう言葉を返した。声は青年の物で、あぁ男性だった。じゃあやっぱり小さい方だと確信する。 「私とあなたは運命の番のはずです、それは分かっているでしょう!」  その言葉に青年は立ち止まり、勢い余った小さい方がその腕の中に飛び込むような形で二人は止まった。 「運命? 馬鹿馬鹿しい、運命だって? 寝言は寝て言え、このうすらとんかち!」 「あなたに言っているのではありませんよ、私はそちらの方に……」  ナダールが馬から降りて二人に歩み寄ると、威嚇するように青年が前に出る。フードと無闇と長い前髪で表情は見えないが、かなり怒っているように見えた  後ろに居た小さな人影が青年の後ろから顔を覗かせる。その顔を見てナダールはあれ? と首を傾げた。なんだか見覚えがある。 「僕はあなたの運命ではないと思いますよ。きっと気のせいです」  声は小さいがはっきりした声だった。しかもその声は少年の物で、二人とも男じゃないか……  確かに匂いがしたのだ、あれは運命だと確信していたのに、なにやらその確信していた匂いも薄くなっている。  どういう事だ? 変わりに立ち込めるのは強いαの匂い。 「ほらみろ、やっぱり寝言だったじゃねぇか」 「いや、そんな馬鹿な。確かに私は……いや、でも」  ナダールはもう確信が持てなくなっていた、確かに甘い薫りがしたと思ったのだ、だがいまはそんな薫りは微塵もしない。 「ったく、無駄に運動しちまった。追っ手かと思って焦っちまったじゃねぇか」 「追っ手?」  ナダールが首を傾げると、青年はフードを外した。そこには真紅の頭髪、赤い髪はメリアの象徴、彼はメリア人だ。 「あなたメリアの?」 「あ? あぁ、まぁな」  青年は髪をがしがしと掻き回す。その髪は伸び放題で手入れもされておらず、鼻ほどまで伸びた前髪は簾のように彼の表情を隠していて、その表情はうかがい知れない。一方彼の後ろに隠れていた少年はフードを外すと、小綺麗な人の良さそうな笑顔をこちらに向けた。  そして、ナダールはやはりその顔に見覚えがあったのだ。 「王子?」  ナダールの言葉に、二人が警戒の態勢を取ったのがすぐに分かった。 「僕、王子じゃありませんよ。似てるってあんまり言われるものだから、ちょっと見てみたいなって思ってるくらいで」  少年はそう言ってにっこり笑ったが、その瞳は警戒の色を帯びていた。 「そう、ですよね。王子がそもそもこんな所に居る訳ありませんしね」 「そうそう、人違い人違い」  青年はじゃあそういう事で、と少年の腕を取って歩き出そうとする。 「あの、私、ナダール・デルクマンと申します。近頃君くらいの年齢の少年が襲われるという事件がこの近辺で頻発していて警戒にあたっていた騎士団員です。今この辺りは危険なので、もしどこかへ行かれるのなら、一緒に行きませんか?」 「あ?」  青年が、不機嫌そうな声でこちらを向いた。

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