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運命との出会い⑤
二人に会わせる前にナダールは今日一日あった事を父にかいつまんで説明する。
「それで、どっちがお前の運命だったんだ?」
「いえ、それが分からなくて。その時はそうだと思ったんですが、会ってしまったらどちらも男性でしたし、匂いもどうも違う感じで、あれがなんだったのかよく分かりません」
「そういえばお前には言ってなかったか? この場合男女の性差は関係ないぞ、Ωは男でも女でもα相手なら子供ができる。そういうもんなんだ」
え……と、ナダールは固まった。男性だから違う、となんとなく思っていたのに、その思いは父にあっけないほど簡単に否定されてしまった。
「二人とも好みじゃなかったか?」
「いえ、なんというか、そういう風に男性を見た事がないので分かりません」
「そんな事は関係ないくらいに惹かれ合うのが『運命』ってものだから、その二人は違うのかもしれないな」
父は制服を脱ぎ、部屋着に着替えながらそんな風に言った。今日も父からは良い匂いが薫る。
「そういえば、さっき私の匂いは駄々漏れすぎて胸焼けがすると言われたんですけど、そんなに匂いますか?」
「あ?」
父が不思議そうにこちらを見やる。
「いや、いつもと変わらないと思うが?」
「ですよね、αとΩでは感じる匂いが違うのでしょうか、これもよく分かりません」
「ふむ、不思議な話だ。一人はアジェと名乗ったと言ったな。確かに妹の一人息子はアジェという名だし、歳の頃も一致する、しかしアジェは確かαだったはずなのだがな」
父の言葉にナダールは驚く。自分の連れてきたアジェは間違いなくΩだ、グノーもそれを認めたのだからαでなどある訳がない。
「まぁ、会えば分かるな。連れて来い、二人は私に会いにきたのだろう?」
「えぇ、そうですね」
父に促されナダールは客間へと足早に向かった。
一体あの二人が何者なのかまるで分からない。そもそも、あの二人の関係もよく分からないのだ。主従? いや、親友と言っていたか?
それにしても、アジェの身なりが小綺麗なのに対して、グノーの外見は浮浪者一歩手前の小汚さだし、どうにも二人が釣り合っているようには見えない。
アジェが育ちの良さを前面に出している傍ら、グノーはチンピラ同然の言動だったし、友達というにも違和感があって、ナダールは首を捻った。
客間の扉をノックしてナダールは二人を呼ぶ。
「はい、どうしました?」
「父が帰ってきましたのでお知らせに。二人に会いたいそうですよ」
扉から顔を覗かせたアジェにそう告げるとアジェは嬉しそうにぱっと微笑んだ。
アジェの笑顔はなにやら抗いがたい魅力がある。彼の笑顔を見ると、つい自分も笑ってしまうのをナダールは自覚していた。「グノー、伯父さん会ってくれるって、行こう」
部屋の中に声を掛けるアジェ、しばらくするとグノーもうっそりと姿を見せた。どうにも機嫌が悪そうだ。
「あんたも一緒?」
「え?」
「あんま聞かれたくない話があんだけど、一緒に聞くなら覚悟して聞いてくれる?」
「そんなに、重要な話があるんですか? もし、私が聞いて不都合な話でしたら席を外しますけど」
戸惑ったようにそう言うと、アジェは慌てたように「そんな言い方駄目だよ」と彼の袖を引いた。
「だって、俺こいつ嫌い。へらへらしてて何考えてるか分かんねぇし、胡散臭い」
「もう、グノー! ごめんなさい、悪気があるわけじゃないんですよ、グノーはちょっと素直なだけなんで気にしないで下さい」
素直という事はそれが本音ということじゃないか……これは完全に嫌われたか、とナダールは内心落ち込んだ。
この能力のお陰もあって自分は人に嫌われたことがないのだ。βですら感情が大きく揺さぶられた時にはその匂いが分かる、これは他のαにもない自分だけの能力だった。
「私、部屋に戻ってますね。何か用があったら呼んで下さい」
大きな身体をしょぼんと縮めて、ナダールは二人を父の元へと案内すると二人から背を背けた。なんだか悲しくて仕方がない。そんな自分を困ったようにアジェが見ているのは分かったのだが、今は何も聞きたくなかった。
その日、自分が父や彼等に呼ばれる事はなく、ナダールは一日あった事を反芻するように自室のベッドでまどろんでいた。
確かに甘い匂いがしたのだ、抱きしめられるように安心する心地良い薫りだった。にも関わらず、彼等はナダールに対して何も反応しない。グノーに到ってはまるで天敵を見るような瞳をこちらに向ける。あれは一体何故なのだろう。
何か気に障るようなことをしただろうか? いや、それ以前にまだほとんど交流もしていないのに。グノーのαに対するあの憎悪は一体どこからきているのだろう。
もしかしてαに酷い目に遭わされたことがあるのだろうか? 聞いてみるか? だが、そんな事を聞くのは傷口に塩を塗りこむような所業に違いない。ナダールはひとつ溜息を吐く。
彼の言うとおり、αである自分は彼に近付かないことが一番の良策なのかもしれない。どのような用事で父に会いに来たのかは分からないが、極力彼らには関わらないようにしようと、ナダールは瞳を閉じた。
翌朝仕事に向かうべく支度を整えていると、父に呼び止められ「お前はしばらく客人二人の護衛にあたれ」と言われてしまった。
護衛? こんな街中でなんの危険があって二人の護衛?
「詳しい話はアジェから聞くといい、色々と厄介な事になっているらしい。私はそれも含めて調査をしなければならない、くれぐれも二人を頼む。特にアジェは狙われている、油断はするな」
「ちょっ……え? まったく意味が分からないんですけど!」
「私にも説明などしている暇はない、騎士団の仕事の方はちゃんと話をつけておくから、気にせず護衛任務を全うしろ」
それだけ言うと父はさっさと仕事へと向かってしまう。残されたナダールは訳も分からず、途方に暮れる。だが、一騎士団員としては騎士団長の命令は絶対だ。訳が分からなくても、守れと言われれば守らない訳にはいかない。
「母さん、あの二人はどこですか?」
弟妹に朝食を食べさせようとしている母にそう声を掛けると、呑気な母はまだ寝ているかもしれないけれど、朝食があるから起こしてきてと微笑んだ。
ナダールは気の進まない足取りで客間へと向かう。
昨晩と同じように部屋の扉を叩くと、やはり昨晩と同じように笑顔のアジェが「おはようございます」と顔を覗かせた。和む。
「朝食の準備が出来ているので、起きているようでしたらダイニングの方へ来て貰っていいですか?」
ナダールの言葉にアジェは嬉しそうに頷いた。
「グノー朝御飯だって。嬉しいね、久しぶりに人間らしい生活だよ」
人間らしい生活?
「あ? 一応ここまでだって飯くらい喰わせてやってただろ?」
グノーの不機嫌そうな声が響く。寝起きで機嫌が悪いのか、その声は昨日より更に低く、顔を見るまでもなく機嫌が悪いのは丸分かりだった。
だがアジェはそんな事を気にする素振りはまるでない。
「木の根っこの煮物なんて、食事とは言わないんだからね!」
「あん? アレは栄養価高いんだぞ、必要最低限栄養が摂れてれば味なんか二の次だ」
「そんなんだから、グノーはそんな痩せてるんだよ、もっと食事を楽しもうよ!」
「食事を楽しむなんてのは、贅沢者のする事だ」
なんなんだろう、この会話。仮にもアジェは領主の息子ではなかったか? 木の根っこの煮物? 意味不明すぎて逆に興味が湧くぞ。
二人はすでに起きて身支度は整っていたのだろう、言い合いをしながら部屋から出てきた。
「ねぇ、ナダールさんも痩せすぎだと思いますよね!?」
突然話を振られて、え? と言葉に詰まる。
なんの話だったか? あ、グノーが痩せているという話か。
「別に痩せてねぇし、普通だし」
言われて彼を見やるが、彼はだぶっとした服を身体を覆うようにして着ている上に、相変わらず顔を隠すような髪型で、外に出ている部分が非常に少ない。
痩せているのかそうでもないのか判断する為に上から下まで眺めてしまうと、居心地悪そうに彼はそっぽを向いた。
見れば首筋まで隠すようなそのだぶっとした服の上に乗る顔のサイズは身長に対して明らかに小さく、同じように服から少しだけ出ている手首から先も明らかに細い。
ナダールは無意識でその手首を掴んだ。
「なっ! 離せ!!」
思い切りよく手を振り払われる。ナダールはその振り払われた己の手をまじまじと眺めた。掴んだ手首の細さが異常だ。自分は体格もいいし手のサイズも人より大きい自覚はある、だがそれにしてもグノーの手首は細すぎる。
無言のまま、またその手を取ってぐいっと袖を捲り上げると、その腕はまるで木の枝のように細く、目を見張った。
「離せ! この馬鹿力!!」
すぐにまた手は振り払われて、威嚇するように飛び退いたグノーは腕を隠すように袖の中へとしまい込んだのだが、そんな彼を再び捕まえて、今度は抱えるように抱きすくめた。
「なっ! なっ!!」
彼は驚きすぎて声も出ない様子で腕の中でじたばたと暴れるのだが、そんな事はどうでもいい、ナダールはそのまま彼を担ぎ上げる。
「ちょっ、ナダールさん?! 突然なにしてるんですか?」
アジェも驚いたのだろう、慌てた様子でナダールの腕を掴む。
「食事です」
「へ?」「は?」
ナダールの言葉に二人は間の抜けた声を上げた。
「なんなんですかこの身体! ありえませんよ、どういう事ですか! あなたのこの身長でこの重さって意味が分かりません、何が詰まってるんですか? 空気ですか? 綿ですか? 肉は詰まってないんですか! っていうか、ホントありえない、こんな身体でなんでそんな元気なんですか! 普通の人なら死んでますよ!!」
一気に畳み掛けるようにそういうと、しばらく沈黙した後、グノーは猛烈に暴れだした。
「うるせぇよ!! 大きなお世話だっつーの! これが俺には適正体重なんだからこれで良いんだよ!! 離せ! おろせーっ!!」
「おろしません。食事はきっちり摂って貰いますよ。こんな不健康な身体は許せない」
「だから大きなお世話だって言ってんだろ!!」
暴れるグノー、だがそこまでがっちりしていなくてもナダールは鍛え上げた身体を保持している、まるで少女のような体躯のグノーの腕は彼には敵わず、問答無用でダイニングへと連行された。アジェもその後をちょこちょこと付いて来て、二人並んで食卓の前に座らされる。
「私、今日からあなた方の護衛任務に付くことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。それと私が見ているからには、そんな不健康な身体は絶対に許しません、食事は三食きちんと摂っていただきますので、そのつもりで」
にっこり。
ナダールは食べるのが大好きだ。大好きすぎてここまで健康に大きくなったのだ、その自分から見てグノーの身体は明らかに栄養不足なのだ。これはいただけない。
「ちょ、護衛なんて聞いてない! アジェの護衛なら俺一人で充分だ!!」
グノーは机を叩いて抗議するが知った事ではない。
「私はアジェ君一人の護衛ではなく、二人の護衛だと言ったでしょう。詳しいことはアジェ君から聞くようにと父から言われておりますが、まずは食事に致しましょう。食は生活の基本ですよ」
問答無用で微笑んだ。ここまで、嫌われたらもうここからは何をしたって同じだ。これ以上嫌われようがないのならとことん構い倒す! と、ナダールはそう決めた。
アジェは目を丸くしていたが、その内くすくすと笑い出した。
「グノー、諦めた方がいいみたいだよ。ナダールさんの言ってることは間違ってないし、グノーの細さは僕もやっぱり心配だもの。ありがたくご飯食べよ。ね?」
「アジェまでそんな事言うのか!」
「ナダールさん、僕メルクード来るの初めてなんです、外出はしても大丈夫ですか?」
「そこは何も言われていないので大丈夫ですよ。私が付いて周ることにはなりますが、御二人は自由にしてもらって構いません。ただ私の身体はひとつしかないので出掛ける時は御二人一緒だと助かります」
「そんな事なら全然OKだよ。ね? グノー観光しよう!」
「もう! 好きにしろ!!」
グノーは諦めたようにそっぽを向く。アジェは嬉しそうに食事を始めるが、グノーの箸は進まない。
それを無言で見つめていたら、やはり居心地が悪かったのか、頭をかいて溜息を吐くとグノーもしぶしぶといった体で食事を始めた。
「おかわりたくさんあるから、たくさん食べてね」
笑顔で言った母の言葉にアジェは頷き、グノーは居心地悪そうに身を竦ませた。自分もそんな彼らの傍らで朝食を食べる。
一体この任務はいつまで続くのだろう……と考えるナダールだったが、この二人との出会いが彼の生活を一変させる運命の出会いである事を彼はまだ知らなかった。
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