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運命は廻る①
「ねぇ、グノー凄いよ! こんな大きな建物、僕初めて見た!ステンドグラスも凄く綺麗、陽の光がこんな風に入ってくるんだね、違う時間に見たらまた違った色に見えるのかな? 夜はどうなるんだろう? 月の光でも綺麗そうだよね!」
捲し立てるようにアジェはぴょんぴょん飛び跳ね、あっちこっちと教会の中を見て廻る。壁の絵に見入っていたかと思えば、次は飾られた花瓶に溜息を零していて、そんな彼の様子は見ていて飽きない。
「ここはメルクードで一番歴史の古い教会で、王族の方々の挙式が行われたりもするんですよ」
「へぇ、凄いねぇ」
あちこち見て廻ってきたので、時間は少し遅い時間になっており、閉館時間の迫っている教会には自分達以外にもう人はいなかった。
アジェの顔はここメルクードでは目立つので、先程までフードで顔を隠していたのだが、今はそれを外して素顔を晒している。グノーはその髪を隠すようにフードは被ったままだった。
赤い髪はメリアの象徴。ここランティス王国は隣国メリア王国と仲が悪い、なので赤い髪はあまり歓迎されない。グノーは恐らくそれを知っているのだろう。
「グノーの出身はメリアですか?」
「あ? あぁ、もうここ何年も帰ってないし、帰る気もないけどな」
「家族は居ないのですか?」
ナダールの問いに、グノーの纏う空気が揺れたのが分かる。家族の話は禁句だったか……と肝を冷した。
「親も兄弟も生きてるけど、あんなの家族じゃねぇよ」
彼はぼそりとそう言った。それ以上突っ込むのはまた地雷に触れる可能性があると判断して、ナダールは彼に歳を聞いた。多分恐らく自分とそう変わらないと思うのだが、如何せん顔が見えないので、まるで年齢不詳なのだ。ずいぶん歳がいっているようにも見えるし、幼くも感じる。声の感じは同世代と判断していたのだが。
「たぶん二十二・三くらい」
「たぶん?」
曖昧な答えにナダールは首を捻る。
「自分の歳なんか誰も教えてくれなかった。家を飛び出した時にブラックが十八くらいか? って言ったから、そこから計算して二十三。正確な数字は分かんねぇ」
一体彼がどんな環境で育ったのかまるで分からない。それこそ色町育ちだったりするのだろうか? だが、そこは聞くべき所ではないだろう。
「それでは私より年下ですね。私は今年で二十四になりました」
「え? 意外と若い。もっと年寄りかと思ってた」
「失敬な、私はまだまだ若者ですよ」
「そんな話し方してるから年寄りくさく感じるんだよ!」
グノーが笑った。ようやく笑ってくれた……
「アジェ君は幾つなんですか?」
「あいつは十五だよ。そろそろいつヒートがきてもおかしくない。気を付けないと」
グノーがアジェを見やった。アジェはまだきょろきょろと興味深げに辺りを見回している。
「あなたは大丈夫なんですか?」
「先月きたからまだしばらくは大丈夫。最近はいい薬も出回るようになったからだいぶ楽だな」
「薬、ですか?」
ナダールは自身の首からさげた小瓶を握る。
「あぁ、ヒートを緩和する薬。Ωの薬は色々あってαもあるんだろ? ヒートにあてられないようにする薬」
「ありますね。私も持ってます」
「なかなか一般に流通するような物じゃないから手に入れるの大変みたいだけど、ホントいい世の中になったよな。こんなの有るならもっと早くに出せってんだよな」
「まだまだ研究段階の事が多いみたいですから、なかなか難しいんじゃないですか。あなたはそれをどこで手に入れたんですか?」
「あ? ブラックがくれた。ふっかけられたけどな。でもこれホントいい、これでしばらくは旅が続けられる」
その薬はまだ研究段階にあるはずだった。末娘がΩであるデルクマン家にとってそれは喉から手が出るほどに欲しい薬だ、だが父が懇意にしている薬屋でもまだそれは実用化されていないはずだ。
「その薬、ひとつ貰うことできませんか? あ、勿論代金はお支払いします」
「あ? なんで?」
「その薬、ここメルクードではまだ実用化されていないのです、分析すれば量産できるようになるかもしれない」
妹の為にもぜひ! と詰め寄ると、グノーはしぶしぶ頷いた。
「まぁ、そんな感じなら別にいいけど。ホントこれ大事な薬だからひとつだけだぞ」
「助かります」
ナダールはそのαの抑制剤と見た目的には大差ない丸薬をグノーから受け取り、大事にハンカチに包むと懐にしまいこんだ。
「さぁ、今日はこの辺でお開きにしましょうか。今日の晩御飯はなんでしょうね」
ナダールはにっこり微笑む。
「お前ホント食べるの好きな。だからそんなに無駄にでかいのか」
「そうですね、まさかこんなに育ってしまうとは自分でも思いませんでしたよ」
あははとナダールは能天気に笑う。それを呆れたように見ているグノーの口元も微かに笑みの形に弧を描いていて、ナダールはそれが嬉しくて仕方なかった。
その時だ、教会の扉がバタンと音を立てて閉じられた。閉館の時間を過ぎてしまっただろうか? と慌ててそちらを見やると、扉の前には複数人の胡乱な空気を纏った男達がこちらを見ていた。
アジェが慌てたように二人のもとに駆けて来る。
「まさかこんな街中でも襲ってくるとは予想してなかったな」
グノーは腰に差した剣を抜き、構えた。ナダールもそれに倣う。明らかに彼等はこちらを狙っていた。
グノーは剣を扱えるのだろうか? そんな事を考えていた刹那、相手が動いた。
反応はナダールよりグノーの方が早かった。相手の剣を弾いて、その身体を蹴り倒すとその喉元に剣をあてがう。
「あんたらの雇い主、だれ?」
男達は怯んだ。一瞬の早業過ぎてナダールも動けなかった。グノーの口元はにぃっと弧を描いている。
「殺されたくなかったら、早く言ってよ。俺あんまり気は長い方じゃないんだ」
「なっ! ちょっ……分かった、言う! 言うから、やめてくれ!!」
グノーに蹴り倒された男は慌てたようにそう言った。他の男達はナダール同様動けずにいるようで、その光景をただ呆然と見つめている。
男達は誰かに雇われていた訳ではなく、観光客狙いのただのチンピラ達だったようで、グノーがその男を引きずり起こすと、慌てたように全員逃げて行った。
「なんだ、ただのチンピラかよ。お仲間全員逃げてったけど、お前等仲間意識とかないのかよ、哀れなもんだな」
「メリアの人間が、この国で偉そうな事言ってんじゃねぇよ!」
「あ!?」
フードから零れ落ちる真紅の髪に反応したものか、男は嘲笑うようにそう言った。
「しかもお前Ωじゃねぇか! 男のΩなんて気持ち悪ぃ! 生意気な口利くんじゃねぇよ!」
男は先程のナダールとの会話でも盗み聞きしていたのか、そんな事を言い放つ。
グノーの空気が一気に殺気立った。男はβだったのでΩの事など知るはずもないと思うのだが、その表情は恐怖と共に侮蔑のこもった表情を見せていて、その言動の不快さに思わず眉根を寄せてしまう。
「お前なんかに俺の何が分かる!」
「Ωは子を産むだけの道具じゃねぇか。そんなの家畜と同じだろ!」
「好きでΩに生まれたわけじゃない! お前等みたいな奴等がいるから俺達は!!」
グノーは男の首を締め上げた。男はくぐもった声を上げ口を閉ざす。ナダールは慌ててそれをとめた。
「おやめなさい! 死んでしまいます!!」
「そんなの知ったことか!」
「グノー駄目だよ。僕達はそんな人達の所まで落ちたらいけない」
アジェの静かな声がグノーに届いた。
意識を失った男の首を放すと彼はすくっと立ち上がりそっぽを向く。その口元は引き結ばれていて、一瞬泣いているのかと思った。
「帰ろう。やっぱり都会は怖い所だね」
アジェは優しくグノーの手を引いた。グノーはそれに黙って頷いて促されるままに歩き出した。
αであるナダールは二人に声を掛けることなど出来なかった。
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