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運命は廻る④

「一兄、おかえり」 「あ、グノー、ナダールさん、おかえりなさい」  デルクマン家に二人が戻るとアジェとマルクの二人はこちらに気付いて笑顔を向ける。 「なぁなぁ、今アジェと話してたんだけど、アジェはエリオット王子に会ってみたいんだって! でさぁ、今度王子の誕生日会あるじゃん、その時アジェもこっそり連れてくってのどう? 警護の為に騎士団員総出だしさぁ、一人くらい紛れ込んでても分かんなくない?」  天真爛漫に笑うマルクにナダールは額に手を当て溜息をつく。 「お前は……警護の人間が不審者連れてどこに行くって言うんだ!」 「不審者じゃないよ、アジェだよ? 俺達の従兄弟じゃん!」 「そんなのが通れば城内不審者だらけで警護のしようがないと私は言いたいんですよ! そんなの無理に決まっているだろう!」 「え~そうかな?」 「もしいけたとしても、万が一見付かったらどう言い訳するつもりですか?! 騎士団長の顔に泥を塗るような真似はおやめなさい」 「あぁ~確かに父さんに迷惑かけるのはまずいなぁ」  そこで初めてマルクはやっぱり駄目か……という表情を浮かべた。 「それでなくてもその日は私も客人警護の任に就かなければならないのですから、二人は特に家から出るのも禁止です」 「え? そうなんだ?」 「それって、いつ?」 「もうすぐですよ、来月頭なのであと十日もないです」  グノーはそれを聞くと、考え込むように腕を組んだ。 「父はその件も含めて今色々と調査と調整をしてくれているので、早まったことはしないで下さいね」 「あぁ、分かってる」  なんとなく不安を感じてグノーに釘を刺したが、彼の返事は心ここに在らずといった感じで、ますます不安になる。  ここ数日で分かった事だが、彼の行動は少し常識外れなのだ。  例えば、食べたかったら店の物に簡単に手を出すし、欲しいと思えば他人の物でも盗ってくる。素早い動きはここでも健在で見付かることはほぼないのだが、これはまさに窃盗で犯罪だ。大金を盗むでも、金儲けの為にやっている訳でもないのだろうが、ナダールはそれを看過できない。  見付けては何度も叱り、店主に謝りに行ったが、当のグノーは何が駄目なのか分からないといった様子で反省の色も見えはしない。  アジェもそれは駄目だよ、と嗜めてここの所ずいぶん大人しくなっているが、そういった一般常識が彼の中には存在していないという事がナダールの中に不安を生んだ。 「私が駄目と言ったことは、やってはいけない事です。城内に侵入するのは不法侵入にあたります、絶対にやってはいけませんよ」  重ねるように釘を刺すが聞こえているのかいないのか、グノーは返事をしない。ナダールは大きな溜息を吐いた。  一方で、一般常識のないグノーは妙な知識だけは豊富でそんな知識を一体どこで身に付けた? というような事を知っていたりもする。  例えば弟妹の持っていた壊れたネジ式の玩具を簡単に分解して元通りに直してみせたり、アジェの要望で向かった観光名所の歴史的背景をナダールより詳しく説明しだしたりするのだ。  どこでそんな知識を得たのかと問えば「さぁ?」と曖昧に答えるのみで明確な返答は得ていない。  グノーは本当によく分からない男だった。 「そういえばさぁ、前に話してくれたランティス王家の成り立ちの話もう一度聞かせてよ」  アジェは話を変えるようにそう言った。 「ランティス王家の成り立ち?」 「そう、双子が嫌われる由来みたいなの。前に一回聞いたんだけど、もう一度ちゃんと聞きたくて、ねぇ、グノーいいでしょ?」 「別に構わねぇけど、楽しい話でもないだろう?」 「うん、そうなんだけど、今日マルクと話してたらなんかグノーの言ってた話と違うから気になって……」  アジェの言葉にグノーがそうか、とその場に座り込む。  グノーに倣いナダールもその場に座り込み、グノーがアジェに語る昔話に耳を傾ける事にする。それは昔々のお伽噺。  この自分達が住む大陸はカサバラ大陸と言い、現在三つの国が治めている。  ひとつが今いるこの国ランティス王国、そして国境を挟んで北側がメリア王国、そして更にその二国から大渓谷を挟んで東側にファルス王国が存在する。  ファルス王国は二国とは大陸を分断するほどの大渓谷に阻まれている為行き来が難しく、西の二国とは昔からそう頻繁な交流は持っていなかった。  一方ランティス王国とメリア王国は地続きで国境を面しているので昔から土地の利権を巡って小競り合いは絶えない。  そんな二国だったが、歴史書を紐解けば大昔には実はひとつの大国だったのだ。それが何故二つの国に分かれてしまったのか、それはある時代の双子の王子達の物語。  当時その地は豊かで実りの多い良い国だった。平和で争いもない国だったが、ある時王家に双子の王子が生まれる。双子は何もするのも一緒、考えてる事もそっくりなとても仲の良い兄弟だった。  だが王も歳をとり、いよいよ後継者を決めなければいけない時がやってくる。王は二人の王子に聞いた「どちらが王に相応しいと思う?」双子の王子はお互いが相手こそが相応しいと譲り合って国を継ごうとはしなかった。  それならば、と王は国を二つに分けてそれぞれに国を治めたらいいのではないかと提案する。王子二人は渋ったが、王は埒が明かないとその案を実行に移してしまった。  北のメリア王国を双子の兄に、南のランティス王国を弟に、それぞれ兄弟は渋々ながら国を治めた。それでも元々仲の良い兄弟だったので最初のうちはなんという事もなく平和に過していたのだが、離れて暮らすうちに双子の間にも微妙な齟齬が生まれてくる。  最初は本当に些細な諍いだった、その時はお互いに自分が悪かったと頭を下げあい事なきを得たのだが、それは次第に兄弟の仲に大きなすれ違いを生んでいく…… 「え? ちょっと待って、ランティスとメリアが仲悪いのって、もしかしてただの兄弟喧嘩なの?」  マルクが驚いたようにそう言った。 「歴史の勉強をしていれば分かる範囲の話ですよ。元々両国の血筋は同じもの、知らなかったんですか?」 「いや、それは知ってたけどさ、まさか兄弟喧嘩だと思わないじゃん? もっとなんか複雑な王家の確執とかさぁ」 「確執はあったんでしょう? 実際今メリアとランティスは仲違い中です」 「それにしても元々仲良かったんだろ、その兄弟。ここまで拗れる何かあった訳?」 「ある時弟が言ったんだ、こんな事になるなら兄に遠慮などせずに自分が国を継げばよかった……ってな」  グノーは続きを語りだす。  北のメリアは南のランティスより土地が貧困だった。それを見兼ねた弟は悪気なく兄さんの国は大変そうだし、やはり国は一つの方が良かったのではないかとそう言ったのだ。  だったら国を一つに戻そうと兄は提案するが、弟は少し考えて「でも自分にも守る物ができたから今更もう国を一つにはできない」とそう言った。  兄は激怒する、自分で言っておきながらその言葉、最後には弟は自分が継げば良かったとまで言いだして、ついに兄は弟が信じられなくなったのだ。  兄は国に引き籠もる。弟は本当に悪気などなかったのだ、もしこうだったら良かったね、という軽い気持ちで言っただけだったのだが、それを曲解して兄王に家臣は告げる。 「弟君はこの国を狙っているのです。あなたを追い落とし、再び国を統一する為にあなたの命を狙っているのです……ってな」 「え? それ初耳ですよ? ウチの方の歴史では兄王が急にランティスを攻めてきて、それに対抗してこうなったというのが通説のはずです」 「まぁ、こっちから見たらそうだろうな。でも実際は違う、確かに兄王はランティスを攻めた、だから双子は災いを呼ぶってランティスでは忌避されるんだ。だけどそれは兄王の意思じゃない、全部兄王に付いていた家臣の謀略だった」 「それはメリア王国に伝わる話なんですか?」 「俺はそう聞いたな。だから今メリア王家を支配してるのは正統な王家の血筋じゃない。その家臣が兄王を葬って密かに王に成り代わった。それが現在のメリア王家だよ」 「え?! それも初耳ですよ!」  自分も騎士団員の端くれとして自国の文化には精通しているつもりだったが、グノーの語る歴史は衝撃的だった。確かにそれはランティスの歴史ではないのだから、知らない事もあって不思議はないのだが、メリアにそんな歴史があった事をナダールは今まで聞いた事がなかったのだ。 「ではメリアの正当な王家の血筋はもう絶えてしまっているのですか?」 「いや、ひっそり続いてる。声高にそれを言えば殺されるから言わないだけで、いつかはメリア王家を取り戻したいって言ってたな。そういえばあれ、誰だったんだろう」  グノーは考え込むようにそう言った。 「その話を誰から聞いたか覚えていないんですか?」 「小さかったからな。それこそ物心付いたばっかりの頃で、当時は意味も分からなかったから」 「でもやっぱり双子が忌み児なのに変わりはないんだね。その家臣の人がいなかったらもっとこの国は違っていたのかな?」 「どうだろうな、どちらにしても王家なんていうのはクソったれの集まりだ、期待するだけ無駄だよ」  吐き捨てるように言うグノーにナダールは眉を寄せる。 「ランティスの現国王陛下は素晴らしい方です、メリア王国相手にも心を開かれ、対話をしようと呼び掛けられて、ここ数年は目立った争いは減っています。教育にも熱心で移民差別にも積極的に取り組んでいらっしゃいます。メリアはどうか分かりませんが、ランティス国王陛下を貶めるのはやめてください」 「そのご立派な王様は自分の子供を忌み児だと捨てたのにか?」 「それは、先代の王がそう言ったからでしょう? 現国王の意思ではありません」 「でも、捨てたのは事実だ。結局は保身じゃねぇか、自分の立場を守りたくて子供を捨てた。本当に立派な人間だったらそんな時、国放ってでも自分の子供を守るんじゃねぇのかよ?」 「それは……」  ナダールは言葉に詰まる。そんな二人の会話を聞いて、マルクはきょとんとした顔で「なんの話?」と首を傾げた。  ナダールは弟にアジェの事情を話してはいなかった。マルクもアジェが王子によく似た顔立ちだというのには気付いたのだが、単なる他人のそら似という言葉を素直に信じているのだ。 「なんでもないよ、マルク。それよりもっと彼女の話聞かせてよ」 「え? まだ聞いてくれんの? ナディアはねぇ……」  アジェは笑い、マルクはまた嬉々として彼女の惚気話をし始める。マルクは単純で扱いやすいが、こんなんでこの先やっていけるのか少し不安になる。  グノーはまたそ知らぬ顔でそっぽを向いていた。彼は何か王家に恨みでもあるのだろうか? メリア王国は王が次々に変わりその度ごとに政治も情勢も変わる情勢不安な国だった。グノーもメリア国民として王家には思う所があるのかもしれない。  それでも数年前に擁立されたメリアの若き王は比較的まともな政治をしていると聞き及んでいるのだが王家に対する心証は悪いのかもしれないな、とナダールは思った。

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