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真人②
家族四人、なみなみとビールが入ったグラスで乾杯する。しばらくして、着物を着た新人らしい二十歳そこそこの仲居が、緊張した面持ちで肉や野菜の乗ったお盆を運んできた。
肉を焼いている仲居の手元を覗きながら、「ここは関西風だから、肉を最初に焼くんだよ」と亮治が言う。
この店に初めて来た真人に、教えているつもりなのだろう。ふーん、とグラスに口をつけながら抑揚のない声で返事をすると、「反応うっす」とバシッと背中を叩かれた。ゴフッとなり、ビールが鼻につく。
亮治と違って、真人はすべてにおいて、子どもの頃から反応が薄いと言われてきた。心の中では自分なりに驚いたり、興味を示しているつもりでも、常に冷静で落ち着いているように見えるらしい。
亮治と比べたら、それもそのはずだ。亮治は学生時代、勉強でもスポーツでも、とにかく目立つ男だったからだ。一学年六クラスのマンモス校だった高校でも成績上位二十名の常連だったし、体育祭の部活対抗リレーでは帰宅部だったくせに空気も読まず陸上部を負かしていた。
いくら勉強しても成績が伸び悩んだ高校一年生の秋。真人は当時高校三年生だった亮治に、数学でわからないところを訊いたことがある。だが亮治は受験生にも関わらずソファで漫画を読みながら、困っている弟にこうアドバイスしただけだった。
「授業聴け」
さらに亮治は、よく気のつく男だった。学校では「おまえ弁当忘れてったろ」と、真人のクラスまでお弁当を届けにきてくれたことがあったし、家でもリビングにバスタオルを置き忘れたままシャワーを浴びにいってしまった真人のため、バスタオルをさりげなく脱衣所まで持ってきてくれたこともあった。
父や母に対してもそう。おまけに冗談も通じるし、バカな話で周りを笑わせることもできた。
家族から見ても亮治は完璧で、「いいやつだな」と思うくらいだったのだ。外ではもっとすごかった。
現に亮治は、バカみたいにモテた。
亮治の弟ということで真人にも、何人もの女子が兄の好きなタイプを訊きにきた。兄が告白されている現場に遭遇したこともある。
「千円やるから、俺はいないって言ってきてくれ」
と、家の前で兄が出てくるのを待っているストーカーっぽい女の子を、真人が追い払ったのは亮治が高二、真人が中三の時だ。
対して真人は、目立たなかった。亮治の弟なのに、あまりにも普通だったからだ。勉強もスポーツも、可もなく不可もなく。両親はそんな真人を責めることもなく、「自分の個性を伸ばしなさい」と言ってくれたが、伸ばせる個性さえ見つからないくらい、普通だったのである。
「え、ご兄弟なんですか?」
新人の仲居が野菜を煮ながら、それぞれ卵液に肉を浸して食べる亮治と真人を見比べた。似ていない、と思ったのだろう。
亮治は口の中の肉を素早く飲みこんで、仲居に答えた。
「そうそう。こいつとは血が繋がってないんですよ」
「箸で人を差すんじゃない」
「ね? 俺と違って可愛くないでしょ?」
亮治が親しみを持って笑いかけると、緊張で表情が固くなっていた新人の仲居は、やっと年相応に笑った。意図しているのかしていないのか、亮治は人の感情の強張っている部分をほぐす能力にも長けている。
血が繋がっていないとはいえ、たしかに自分達兄弟はあまりにも似ていない、と真人は思う。
二人が兄弟になったのは、亮治が十二歳、真人が十歳の時だ。あれから二十年が経ったのに、環境も外見だけは二人を兄弟にはしてくれなかった。
亮治の清潔感あるツーブロックの髪は、針刺しに刺さりそうなくらい硬そうだし、目はくっきりとした二重。
対して真人の短いマッシュヘアを構成しているのは、サラサラの黒髪だし、目は見事な一重だ。こちらとしてはしっかり起きているつもりなのに、顔の前で手を振られて「起きてますー?」と後輩女子の綿貫 にからかわれることもしょっちゅうだ。
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