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真人②
雰囲気に関しても、亮治はいかにも契約をバンバンとってきそうな営業マンの見た目をしているが、真人は初対面の人からよく「公務員っぽい」と言われる。世間がイメージする公務員の仕事――つまり、のほほんと仕事をして定時で帰っていそうな雰囲気を醸しだしているのだろう。
実際、亮治はソフトウェアの営業マンだし、真人は公務員なので、印象と何も間違っていないところがちょっと悔しいけれど。
違いは体格にも表れている。学生時代、帰宅部だったにも関わらず、亮治は筋肉がつきやすい体質なのか、食事制限もなく、たまにやる筋トレだけで十分だと言っていた。確かに亮治の肩回りはがっしりとしていて、喧嘩が強そうに見える。
反対に真人は、細くてヒョロっとしていて、『ナメられる』体格だ。運動はそこそこできるが、いくら食事管理や筋トレをしても、亮治のように筋肉はついてくれない。
そういうわけで、真人は自然と亮治と反対の方向を目指していくうちに、大人になる頃には性格までもが正反対になっていた。
動と静。対照的な、義理の兄弟。
だが、今思えばそれがよかった。共通点が無さすぎて、真人にとって亮治はあくまでも他人だった。だから、真人は兄の後ろを追いかける弟にはならなくて済んだのだ。
おかげで真人は亮治に対して劣等感を抱くことなく、成長することができた。他人なんだから比べてもしょうがない――と。
改めて考えると、真人は両親の結婚記念日を亮治と祝っているこの空間が、ひどく陳腐なものに思えてくる。でも、だからこそいとおしいと感じるのも、また事実だった。
「はーっ、やっぱりいい肉はうまいな。俺、久しぶりに食ったよ」
亮治のこの一言で、ついばむようにすき焼きを食べていた母が、箸を置いた。
「お兄ちゃん、今食事はどうしてるの?」
母は、亮治のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。父の連れ子だった亮治は、弟ができると知って、みんなに自分のことを「おれ、お兄ちゃんになるんだよ!」と自慢しながら、駆け回っていたらしい。だから、亮治が赤ん坊の頃から名前で呼んでいた父以外は、亮治は「お兄ちゃん」なのだ。
亮治はなんてことない様子で肉に食らいつきながら、「べつに普通」と言った。
「コンビニ弁当とか牛丼とか。こないだラーメン食ったら、胃がもたれてさ。二郎系はもう俺には無理だわ」
「兄さんが背脂入れすぎなんだよ」
「俺がどれだけ背脂入れてるかなんて、おまえ知らねえだろっ」
「ちゃんと野菜も食べてるんでしょうね?」
「食ってる食ってる」
食べてないんだろうな、と真人は兄の左手の薬指をチラッと見て思う。正月に実家で会った時には、その指にはまだシルバーの指輪があった。兄が左手で日本酒の瓶を持つたび、カツッと音がしていたものだ。
亮治から「離婚した」と報告を受けたのは、半年前、新橋の立ち飲み屋でのことだ。原因は結局教えてくれなかった。いくら家族でも夫婦の問題だからと、真人からも何も訊かなかった。
ただ、亮治は「俺が悪い」の一点張りで、珍しく悪酔いしていた。
亮治の元妻である由希子は、今どき珍しいくらい夫の一歩後ろを歩く奥ゆかしい女性である。披露宴では、亮治に酒ばかり飲ませてくる招待客を一喝する強さも見せていた。
いい夫婦だと思っていた。健全な家族というものが何なのか知らないが、いい家族になれる二人だと思っていた。だが、三年も経たずして、生活は破綻してしまったらしい。
「ところで亮治、由希子さんといったい何があったんだ? 突然離婚したと言われても、こちらとしても納得ができないんだ。いい加減、話してくれないか」
おそらく離婚してからのこの半年の間。亮治は事あるごとに両親から離婚の原因を問いただされていたに違いない。肉でご機嫌だった亮治の顔が「またか」というようなウンザリ顔になる。
「だ、だからそれは……訊かないでくれって」
「結婚は二人だけのものじゃないの。向こうのご家族との関係だってあるのよ」
「向こうが納得してくれてるんだからそれでいいだろ。慰謝料だって結構払ったんだし……」
「ということは、やっぱりお兄ちゃんが原因なの?」
母のこの一言で、両親には「俺が悪い」とさえ言っていないことが判明する。
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