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真人⑤
***
最初は雨の音だった。真人がふと目を開けると、止んだと思っていた雨が窓にパラパラと打ちつけられる音が、近くで聞こえた。
暑いのに寒くて、真人の眠気はどんどんと頭の後ろ側に引いていく。違和感を感じたのは、窓の外から大きく手を振るような車のライトが、部屋の中を一瞬照らした時だった。
「!」
ハッと自分の体を見下ろす。そこには胸までスウェットがたくし上げられ、むき出しの状態になった自分の肌があった。
車が通りすぎると、再び部屋に暗闇が訪れる。何も見えない。
何かが腹や脇腹を這う感触に、真人の肌にゾクッと寒気が走った。
もう一度、車のライトが部屋に明るさをもたらした。その際に飛びこんできた光景に、真人は息を止めた。
なんと、口の端から荒い息を洩らす亮治が、自分の腹や脇腹を、大きな手のひらでなぞっていたのである。真人の体を見おろしている目は、虚ろかつ潤っており、血走って見える。
夢だ、と真人は咄嗟に思った。
だが、上半身に感じる動きは、あまりにも現実そのもの。体温が急激に冷えていくような気がした。
ゆっくりと撫でまわしてくる亮治の手が、何度か真人の胸の突起にさわっと触れては、通りすぎる。
「……っ」
声が出なかった。起きなくてはいけないとわかっていたが、瞬時に寝たふりを決めこむ。自分が起きなければ、無かったことになるのではと思った。いや、現実だと思いたくなかった。
衝撃で昂ぶる心臓の鼓動が、体内から耳にまで聞こえてくる。恐怖で震えそうな顎は、歯を食いしばって耐えた。
真人が起きていないと思ったのだろう。汗ばんだ亮治の手が、ぎこちない動きでスウェットのズボンの中に滑りこんできた。下着のゴム部分と肌のあいだに手を入れられた瞬間、無意識に真人の体がビクッと大きく跳ねた。
「……っ!」
亮治の手が止まる。
真人はおそるおそる目を開けた。
だが、まだ目は暗闇に慣れてくれていない。少し落ち着きを取り戻した亮治の息づかいだけが、暗闇の中で、自分の上からかすかに聞こえてくる。
真人は緊張で渇き、強張った唇をやっと動かした。
「兄さん……?」
こんな時でも震えないのが、自分の声だ。
亮治は返事をしなかった。離れもしなかった。真人の目が暗闇に慣れてきた頃、頭もいくらか冷静になる。
とりあえず離れてもらおう。そう思いながら上半身を起こそうとすると、急に動いた亮治によって両手を床に押しつけられた。動きを固定されてしまい、力では絶対にかなわないので仕方なく抵抗をやめる。
「……ごめん真人」
亮治は絞り出すように言った。
「……さすがにまずいんじゃないの。僕にこういうことをするのはさ」
「ごめん……っ」
「もしかして女の人呼んでた? 僕が来た時」
「……っ」
「なら言ってよ。言いにくいかもしれないけど、同じ男なんだから僕だって理解でき――」
「違うんだっ!」
大声を出した亮治の唾が、顔に飛んでくる。視界がクリアになってきて、真人は改めて亮治の顔を見上げた。
そこには、今にも泣きだしそうに歪んだ顔が、自分を見おろしていた。
亮治は子どもの頃から、泣くのをこらえている時に眉間のしわがぽこりと盛り上がる。変わらないんだな、と観察しながら、真人は自分の手首を押さえつける亮治の手に力がこめられていくのを感じる。
「俺……俺は……っ、駄目なんだ……っ」
「何が駄目――……」
ふと見ると、亮治の下半身は勃起していた。スウェットを隆起させているそれが、自分の下半身に近づく。冷静になったはずの脳の中で、再び警鐘が鳴りはじめる。
「と、とりあえず離してくれないかな。手が痛いんだけど……」
「ごめん……ごめん……っ」
謝りながら、亮治がスウェットを脱がしにかかってくる。言っていることとやっていることが違いすぎて、真人は「ふざけるなっ」と叫んで亮治を蹴った。
だが、脚をバタバタと動かすたびに脱がしやすくなるのだろう。最終的に真人はスウェットごと下着まで脱がされ、完全に下半身を露出した形になってしまった。
まずいまずい、と無意識に床を這って玄関へと向かおうとするが、亮治に背中から乗られてしまい、身動きが取れなくなる。自分達の体重と、ひんやりとした床に挟まれた自身が押しつぶされて痛い。
尻の割れ目に熱くてぬるっとしたものを当てられ、真人は「ヒッ」と声を上げた。それはまぎれもなく、亮治の――。
助けを求める自分の右手が床の上でもだえる様を他人事のように見つめながら、真人は首を横に振って「やめてくれっ」と繰り返した。
それだけは嫌だ。それだけは絶対にしちゃいけない。それをしたら終わる。本当に、終わってしまう――。
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