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真人⑤
真人の意思がわずかに伝わったのか、亮治の動きにためらいが感じとれた。挿入は無理だと、踏みとどまったのだろう。
一瞬ひるんだ亮治の腰が、パンッと勢いよく真人の尻を弾いた。その拍子に亮治のそれが、真人の尻の割れ目で挟みこまれる形になる。そして我を忘れたように、亮治は熱心に腰を前後に動かしはじめた。
「う……っ、く……っ」
自分の手の甲を噛みながら、時間が過ぎるまでおとなしくしていようと、ようやく覚悟を決めた頃。後ろから急に耳の形を唇でなぞられ、耳の穴に舌を挿入された。
グチュッと水音が直に聞こえ、たまらず真人は「あっ」と低いとも高いともいえない声をあげてしまう。
それが亮治を刺激してしまったようだった。亮治は真人の耳から離れると、今度はうつぶせ状態だった真人を乱暴に仰向けにした。顎を亮治の指でがっちりと挟まれる。掴まれた顎が痛くて口を開けると、その一瞬の隙を突いて、亮治は喉の奥まで舌を捻じ込んできた。
「……ん、ふっ!」
それはキスなんて優しいものではなかった。ザラザラとした舌に口内を掻きまわされ、歯をなぞられる。息ができなくてむせそうになるのに、そのたびに角度を変えて絶妙に空気を吸わせてくれるところが、残酷だと思った。
自由になった片手で、真人は座卓の上を手だけで探った。腕の筋がつりそうになりながらもなんとか探り当てたのは、中身が半分以上残ったビールのロング缶。
真人はそれを手に取ると、迷わず亮治の頭にかけた。頭から滴ったビールが、亮治の頬や鼻を伝い、真人の頬をも濡らしていく。
動きを止めた亮治が、ようやく唇を解放した。互いの唇を結ぶ唾液が糸を引く。
自由になった真人の口内に、亮治を経由したビールが流れ込んだ。ぬるくなったビールは、苦くて苦くて、泣きたくなる。
ゆっくりと起き上がって電気をつけると、ビールまみれになった亮治が、床の上で呆然と座っていた。
乱れた着衣を整えて、真人は訊いた。「なに、してんの……」
亮治は答えない。
「なにしてるんだよ……兄さん……っ」
兄さん、を強調させて言うと、亮治はくしゃりと歪ませた顔を両手で覆った。
「ごめん真人……っ。俺、駄目で……」
「僕は何も言ってないじゃないか! 兄さんが悪いとも、駄目だとも……っ」
「……っ」
ビールにまみれた亮治は、顔を覆ったまま小さく震えるばかりだ。むき出しの股間も、まだ萎えていなかった。なんて、情けない。
この男は一体誰なんだろう。真人は、恐怖が徐々に怒りへと変わっていく様をはっきりと自覚する。
真人は向こうの我慢汁で汚れた尻を拭き、唇も血が出るほどゴシゴシと手の甲で拭った。
今夜はここにいられない。
スウェットを脱いで、まだ乾いていない自分のスーツを手に取る。着替えていると、亮治が「もう電車が……」と言ってきたので、「こっちを見るなっ!」と制した。
ワイシャツのボタンに手をかけている時、指先が震えて、うまく留めることができなかった。腹が立って、喉の奥がぎゅっと苦しくて……泣けてくる。
恐怖と怒りが通り過ぎた後にやってきたのは、悲しみだった。
「ふ……っう……っ」
ボタンを半分も留められず、真人の手にポタポタと涙が落ちる。顔じゅうが、せり上がった感情と涙で熱かった。
着替えを終えてから玄関に向かう前、何も言いだそうとしない亮治に、真人は吐き出すように言った。「言い訳もしてくれないんだ?」と。
少し間を置いてから、亮治はまた「駄目なんだ」と言った。いい加減にしろ、と言いかけたその時。亮治はか細い声を絞り出した。
「お、俺は……男じゃないと、駄目で……」
続けて「勃たないんだよ……っ」と、涙声で訴えた。
その後どうやって帰ったのか、真人は途切れ途切れでしか思い出せない。大通りを目指してひたすら歩いたこと、空が明るくなってきた頃にようやくタクシーを拾えたこと、自宅マンションに戻ってから泥のように夕方まで眠ったこと――。
夢には兄弟になった頃の亮治が出てきた。十二歳の亮治は、必死に自分に向かって「おれ、おまえの兄ちゃんなんだぜ」と嬉しそうに語っている。
そんな亮治に向かって、真人は冷たい視線を浴びせて背を向ける。亮治は後ろで何か叫んでいたが、ぜんぶ無視した。
虚しくて悲しくて、腹立たしい――そんな、夢だった。
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