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真人⑦

***  土曜日の夜、突然母親から電話があった。お中元でもらった桃を真人に渡したいらしく、実家まで取りに来ないかという要件のものだった。真人には果物アレルギーがいくつかある。そんな中、食べれる数少ない果物の一つが桃だ。  特別欲しくはなかったが、食の細くなった両親だけでは、日持ちしない桃を食べ切るのは大変だ。真人は、翌日もらいに行くことを約束したのだった。  日曜日の昼前に実家へ行き、昼食の後に切ってもらった桃を食べた。桃はまだちょっと固かったけれど、口に含むと果肉から甘い果汁が広がって美味しかった。  真人は母と向かい合って桃を食べながら、「あのさ、りょう――」と言いかけてやめる。桃は亮治の大好物だ。今日、亮治が呼ばれていてもおかしくないはずなのだ。だが、実家に亮治の姿はなかった。  牧野と三人で飲んで以来会っていないし、連絡も取っていない。顔を合わせるのも嫌だったので、実際亮治が来なくて真人としてはありがたかった。だが母が亮治を呼ばないなんて、そんなことがあるのだろうかとも思った。  帰り際、玄関で桃が三つ入った紙袋を母親から手渡された時のこと。近所の家で庭木の剪定(せんてい)を頼まれていた父親が戻ってきた。剪定道具を大雑把に玄関の靴箱下に置き、ドスンと上がり(がまち)に腰を下ろすと、身を屈めて片方の長靴を脱ぎはじめる。  なあ真人、と父に呼ばれ、真人は「ん?」と耳を傾けた。  父は「亮治から、なにか聞いてるか」と真人に訊いた。何のことかわからず、真人も「なんのこと?」と訊き返したが、父は「知らなきゃ、それでいい」と、ため息まじりに肩を沈めた。  父が亮治の話題を出した瞬間、母の表情も曇った。真人も意識的に亮治の話を避けていたからだろうか。その時になってようやく、母も亮治の話題を避けていたことを知る。  紙袋を持つ手に、汗が滲んでいく。嫌な予感がして、真人は「教えてくれ」と父と母に語気を強めて言った。

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