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真人⑨
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九月も下旬になると、残暑が影をひそめつつある。従妹の万美 の結婚式は、空が高い秋晴れの日に執り行われた。
式場は郊外の大型駅から、バスで十分ほど移動した川べりの近く。住宅街から少し離れたところにあった。
子どもの頃は子ザルのように細くてうるさかった万美も、現在は二十八歳の立派な大人の女性だ。母の妹の娘――本当に血の繋がったその従妹のことを、真人は昔から実の妹のように思っている。向こうも真人のことを「マコ兄」と呼び、一緒にいるとよく兄妹に間違われたものだ。
万美は中学生時代、よく真人達の家に遊びに来ていた。当時は気づかなかったが、「あたし中学の時さ、亮ちゃんのこと好きだったんだよね」と亮治の結婚式の帰りに聞かされた時は、だいぶ驚いたものである。
ステンドグラスを通して降り注がれた太陽の光が、万美のウエディングドレスにきらきらと反射して綺麗だった。
前列の方で、両親と亮治とともに見る万美の晴れ姿。ウエディングベールをあげてもらった際、新郎と視線を交わした万美の瞳は照れと感極まったもので震えていた。
綺麗なのはもちろんだが、従兄として見る万美のその表情には感慨深いものがある。とにかく可愛かった。一瞬、嫌なことをすべて忘れることができるくらいに――。
参列客からの盛大な拍手の中、チャペルから出て行く万美に向かって真人も拍手を送る。その際、真人の手が隣にいる亮治の肩にぶつかってしまった。小声で「ごめん」と謝ったが、拍手にかき消されて亮治の耳にまで届かなかったようだ。
亮治はきっと、忘れたいことだらけなのだろう。ふとそんな確信が浮かぶ。パチパチと叩く手の中に、あの雨の日に感じた亮治の額の熱さを思い出して、真人の胸にツキッと痛みが走る。
その痛みがどこからくるのかなんて……この時の真人は、考えもしなかった。
挙式の後は披露宴会場に移動し、真人達は親族として一つの円卓で料理や酒をつまんだ。真人は親戚に対しても、社交的な面を出せないタイプだ。慣れないフレンチに胸焼けしながら、一人でウーロン茶ばかりを飲む。
真人は斜め向かいの亮治に、ちらりと視線を送った。亮治は食事をしながら、万美の兄・晃 と人好きのする笑顔で話している。父の武志はもちろん、その連れ子である亮治も、今では真人より母方の親戚の中に溶け込んでいるのだ。
視線を感じたのか、こちらを見た晃と目が合ってしまい、真人はサッと逸らした。万美とは仲良くやれても、真人は子どもの頃から晃のことがあまり好きではない。一見物腰が柔らかく見える優男だが、笑う度に片方だけ上がる口角と、人をなめているような態度が、どうも鼻につくからだ。
中学時代、亮治に誘われて晃の家に遊びに行ったことがある。玄関で出迎えた晃は真人を見るなり、「えぇ? おれ、こいつ呼んでないんだけど」とヘラヘラした口調で言い放ったのだ。悪びれなく言うことが、晃にとって悪意をぶつけることなのだと、真人は自分を見下ろす瞳でわかった。
それ以来、真人は晃の家には行っていない。
だが、亮治は同い年ということもあり、子どもの頃から晃とは仲がいい。大人になった今でも、それは変わらないようである。
近くを通りがかったスタッフに、もう一杯ウーロン茶を頼もうとしたその時だった。晃が亮治の首に腕を回し、耳に顔を近づけた。何かを耳打ちし、亮治の眉がピクリと反応する。
真人はそれだけで何かを感じとった。亮治の性癖を知ったあとだからだろうか。
新郎側新婦側とスピーチが終わった後、亮治は「晃と一服してくる」と母に言った。ほぼ同時に席を立った二人を見て、真人の頭がサーッと冷えていく。
まさか、と思った。従兄弟同士でそんな――。
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