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真人⑨
亮治は個室の鍵を開けようとして、「あれ?」と首をひねった。
「なに、どうしたの?」
「あ……あかん」
「なんで急に関西弁? 早くしないとお色直しが終わるよ」
「じゃなくて、まじで開かないんだって」
真人は「ちょっとどいて」と亮治の体をどけ、ガチャッと鍵を横に引こうとする。だが、もともと壊れかけていたのか、鍵は横に引くたびにガチャガチャと虚しく音を立てるだけだ。金具が歪んだまま施錠されてしまったようだった。
スマホも披露宴会場に置いてきてしまったため、誰かに助けを求めることもできない。こんなことなら晃がトイレを覗いた時に、反射的に個室なんかへと逃げるんじゃなかった。
後悔していると、亮治に「真人」と呼ばれた。見ると亮治は壁際で膝に両手を置き、上半身を直角に折っていた。
「乗れ」と促される。自分の体を踏み台にして、真人だけでも脱出させようとしているらしい。
「先行って、誰か呼んできてくれ」
「僕の運動神経の悪さ知ってるでしょ? どうせ着地に失敗して、捻挫でもするのがオチだって。僕が下になるから、兄さんが呼んできてよ」
「バカか! おまえの体を、俺が踏めるわけねえだろ!」
「……」
以前亮治は、真人の体に弱いと言ったのだ。
ジーっと冷めた視線を送ると、亮治は「そ、そういう意味じゃなくて……」と頭をガシガシと掻いた。
「あれだよ……真人はその、細いだろ。俺の体重なんか、絶対支えられないと思って――」
「そんなことわかってるよ」
本気で捉えてしまう亮治を見て、真人はふっと笑った。試しに再び押しても引いてもびくともしない鍵をガチャガチャと鳴らしてみる。すると亮治に後ろから、「おまえさ、怖くないのか?」と訊かれた。
「どうして?」
「いや、俺と二人きりなんて怖いんじゃないかなってさ。だからさっさと出たいんじゃないかと思って――」
「早く出たいは出たいけどね。自分でも思ったより、怖くはないかな」
「……すげえね、おまえって」
「兄さんが苦しんでるのはわかったし。それに、さすがにもうしてこないでしょ?」
振り返って言うと、亮治は目を赤くして「約束する」と語気を強めた。
「でも本当の兄弟だったらどうなんだろうって、正直思うよ」
「本当の……?」
「血の繋がりなんて、たいしたことないと思ってたんだけどね。もし本当の兄弟だったら、たぶん僕は、兄さんのことを一生許さないと思う」
「……っ」
なんてね、と意地悪っぽく笑ってやると、亮治は緊張がほどけたように、壁に背をもたれさせた。
「さすがだな、真人は」
「兄さんに言われてもピンとこないね」
「だろうなぁ。はー……俺、今めちゃくちゃ嬉しい」
そう言って、亮治は両手で顔を覆った。
「喜ばせるようなこと言ってないけど」
「そうじゃなくてさ、なんていうか、こういうの久々だから」
「こういうの?」
「おまえが……笑ってるとこ見るの」
煙草を取り出そうと胸ポケットをあさる亮治の手。それを見て、真人はその手が知らない男の尻を鷲掴みにしている映像が、一瞬頭をよぎった。
見たこともない光景なのに、簡単に想像できたのは、その手の力強さを一度知ってしまったからだ。
真人は自分の想像したものに動揺し、思わず「ダメだっ!」と声を荒げた。
亮治は口にまだ火のついていない煙草をくわえたまま、「あ……そっか、ここ便所か」と煙草を箱に戻す。悪かったよ、と胸ポケットに箱を戻すと、亮治は天井を見上げた。
「いっそのこと、火災報知器でも鳴らせば誰か来てくれるかもな」
上を向いた亮治の喉仏が、しゃべると同時に、上下に小さく揺れる。
真人はいつの間にか、今まで疑問にも思っていなかったことを訊ねていた。
「そういう相手、今何人いるの」
「え?」
「僕に似てるらしいじゃない。実家に来た人って。こないだ兄さんの部屋から出てきた子も、僕にそっくりだったよね。体つきとか、無駄に細いところとか」
「ま、真人どうした? いきなりそんなこと訊かれても――」
「いいから答えてよ」
亮治は困ったように、口を開いた。
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