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真人⑪
***
なんでこんな時に、亮治と初めて会った日のことを思い出したりするのだろう。
真人は首の後ろの筋をなぞる熱さから意識を逸らそうと、壁に額をくっつけた。口も両手で覆う。少しでも気を緩めると、嬌声に似たため息が漏れそうになるからだ。
結婚式場にある人気 のないトイレの個室。鍵はまだ開かない。いや、正確には亮治も真人も、開けることをいったん諦めたのだった。
肘まで下げられたスーツを見下ろすと、あらわになった自分の胸元が目に入る。思わずきゅっと目をつぶったが、逆効果だった。
肩や肩甲骨を這う手の感触や、首筋を行き来する唇のこそばゆさが、直に伝わってくる。
首の後ろを、亮治の舌がぺろりと舐めた。
「……っ」
ピクッと反応すると、亮治の掠れた声が「大丈夫か」と訊いてくる。
これは自分で選んだことなのだ。「大丈夫……」と言ったけれど、その声だけを聞けば全然大丈夫ではないだろう。亮治の興奮した生暖かい息が、舐められた肌をさらに熱くする。
――僕で、いいんじゃないの。
真人は亮治の舌や動きを感じながら、先ほど口にした自分の発言を反芻する。
思い切った発言をしたあとすぐに、真人は平常心を取り戻し、自分の口から出た言葉を撤回しようとした。
「ご、ごめん、今のは――」
忘れて、と言いかけた真人をとどまらせたもの――それは亮治のショックを受けた瞳だった。
だけど亮治は、傷ついた顔を伏せると、おそるおそる真人の体に手を伸ばしてきたのだった。そして震える腕を真人の背中に回し、大切なものを扱うかのようにぎゅうっと抱きしめてきた。
背中に回された手は優しかった。「ごめんな……っ」と言った声は、ひどく悲しげだった。だから真人は、発言を撤回しようとは思えなくなってしまったのだ。
シルバーのネクタイをゆるめ、ワイシャツのボタンを外して胸まで脱ぐ真人の一連の動作を、亮治は食い入るように見つめていた。恥ずかしくて、心臓の音が外にまで響いているんじゃないかと思ったくらいだ。
こ、困るよ……と逃げるように後ろを向いた瞬間、亮治の手が真人の体をなぞりはじめた。そして愛撫の道具には、いつしか唇も加わった。
実際にはまだ十分も経っていないはずである。だが真人には、トイレに入ってから今までの時間が何時間にも思えてならなかった。
亮治の興奮が、手や唇、そしてぬるりとした舌や速くなっていく呼吸から感じ取れる。くすぐったさとむずがゆさが、真人の胸の突起をピンと尖らせている。
真人はため息を抑えるため、そしてだらしなく開きかけた口の端から唾液が流れないよう、ポケットチーフを自分で口に押し込んだ。
高まりそうな快楽の予感を、壁に両手をついて耐える。
やがて背中を中心に這っていた亮治の手が、前にやってきた。指先で胸の突起をコリッとつぶされると、吐き出した自分の息でポケットチーフにむっと熱がこもる。
「ふ……っ!」
真人の反応が合図のように、亮治の両方の手の指達が、真人の突起を弄 びはじめた。
「ふ、う……んっ」
「はあ、はあ、まこ、と……っ」
頼むから、耳元で喋らないでほしかった。自分の名前を呼んでくれないでほしい。
両方の胸の蕾をつぶされ、こねられ、爪を立てられる。そうやって刺激を与え続けられていると、否が応でも真人の下半身はきつくなってくる。
勝手に動いてしまう自分の腰を止めたかった。それなのにヒリヒリと敏感になった蕾を、亮治は容赦なく強弱をつけて責め立ててくる。
「ふ、く……っ、ん……ふ……っ」
こんなことをされ続けていたら、おかしくなる。胸だけでイッてしまいそうになる。頭がボーッとして……。
ポケットチーフは濡れ、真人の口の端からは吸いきれなかった唾液が流れた。トイレの床にぽつっと落ちたのは、唾液なのか汗なのか。
カチャカチャと自分の下半身からベルトを緩める音がして、呆然とした頭がわずかにクリアになる。
焦ったような動きの亮治の手が、真人のベルトを外しにかかってきていた。そこでようやく、されるがままだった真人の頭にあの日の恐怖――暗闇の中、自分に襲いかかってくる欲望に駆り立てられた亮治の目が、フラッシュバックした。
「んん……っ!」
逃げようとすると、亮治は子どもをあやすように背中から抱きしめてきた。不安や恐怖を煽られなかったことが、不思議だった。
「ごめん……そのまま、手ついててな」
亮治はそう言って真人をなだめると、真人のむき出しになった尻の前でひざまずいた。チロッと尻の肉を舐められ、真人の体がビクッと跳ねる。
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