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真人⑫
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変わる人は変わるもんだな……と、真人はかつての級友を見て思った。中学時代、バスケ部のキャプテンとして女子の間でモテまくっていた友人(と呼べるほど仲がよかったわけではないが)の頭頂部は、当時の名残りが感じられないくらい薄くなっている。
早すぎる髪の後退を笑い話に変えられるセンスが、人気者だった頃の面影になるとは、当時の彼も思わなかっただろう。
誰かの知り合いの店を貸し切ってのクラス会。イタリアンのその店は、青山近辺というだけあって、カジュアルなわりに内装も料理もさすが参加費七千円と高めの設定だった。
立食形式のため店内の壁際には、追いやられた椅子が並べられている。ヒール靴を履いてきた女性の何人かは、さっそくそこに座っておしゃべりに興じている。
壁に寄りかかり、一人でウーロン茶を飲んでいると、
「藤峰君はホント変わらないよね」
と、中学三年生の時、卒業前の最後の席替えで隣になった高坂あかねが、真人の隣にやってきた。皿いっぱいに盛りつけた料理を立ったまま食べるその姿は、肝っ玉母さんよろしくいっそ清々 しい。
事実三人の子どもがいるらしく、見せてほしいなんて一言も言っていないのに、スマホで家族写真を見せてきた。たしかにこういう強引なところがあったよな、と真人も当時を思い出す。
「変わらないけどちょっと痩せすぎじゃない? ちゃんと食べてるの?」
「食べてるよ。高坂さんほどじゃないけど」
「あははっ。その名前で呼ばれるの久しぶりだわ」
高坂は気取った女性にはない親しみやすさで、豪快に笑った。どこにでも行けそうなないきのスニーカーとジーパンが、よく似合っている。
中学時代、真人はよく女子生徒達から兄・亮治の好きなタイプや好きな食べ物、趣味などを事あるごとに尋ねられていた。だが高坂だけは、そういった類の質問を真人にしてこなかったのだ。昔から付き合いやすい、真人の唯一の女子友達である。
そういえば、と高坂がフォークを持つ手を止めた。
「お兄さん、元気?」
ブフッと飲みかけのウーロン茶をこぼしてしまう。口から溢れたウーロン茶を拭いながら、真人は「元気なんじゃないかな」と、興味なさげに聞こえるようなトーンで言った。続けて「どうして?」と訊くと、高坂は壁際の椅子に座っている三人組の女性陣をチラリと見て、小声で言った。
「さっき田口達が噂してたからね。離婚したらしいって」
「田口さん? 彼女、結婚してるって前に聞いたけど……」
「なんか旦那とうまくいってないらしいよ。離婚の話も出てるって」
「それが亮ーーあ、いや、兄さんとなんの関係があるっていうの」
亮治の名前を言いかけたことに関しては、高坂は大して気にもとめなかったようである。「なに言ってんのよ」と、高坂は目と声を大きくした。
「藤峰君のお兄さんって言ったら、モッテモテだったじゃない。まあ、あたしのタイプじゃなかったけど。田口だって、あわよくばって思ってるんじゃないかな、絶対」
「絶対は言いすぎだよ。向こうだっていい大人なんだから……」
「ばかね。いい大人だからこそ、恋したらおかしくなるってもんでしょ。他のことには理性がきくはずなのに、その人だけにはそういうものが一切の効力をなくしちゃうっていうかさ」
理性がきかなくなる時ーー高坂の言葉を聞いて、ドキリとする。最近、自分がそれを体感した従妹の結婚式でのことを思い出したからだ。
恋ではない。だが、披露宴の最中に晃《あきら》と何かやましいことをするんじゃないかと思った時。真人は理性が働かなくなった。いや、理性を働かせる機能を思い出すこともしなかったのである。
真人はいつでも理性的でありたいと思っている。だからこそ、衝動的に二人を追いかけた自分が、今考えても不思議でならない。おまけにとんでもない提案までしてしまった。
「あんなことを言わせて……ごめん」
結婚式が終わった後、亮治はそれを伝えるために真人のスマホに電話をかけてきた。やっぱり兄弟でこんなことをするなんておかしい、と。
そう言われて、真人は喉が焼けるほどの怒りに震えた。
「もう遅いよ」
今さら前のような兄弟に戻れるなんて、どうして思えるのだろう。「兄弟を理由にするには、もう遅すぎるんだよ」と電話越しに言うと、亮治の息をつめる音が聞こえた。
それきり黙りこくる亮治の電話を切った後、真人の胸には言いようのない寂しさと後悔が押し寄せてきた。
先に関係を壊したのは亮治だ。それを撤回する気は毛頭ない。事実だからだ。それでも真人は許そうと思ったし、たとえ完全に戻れることはないとしても、時間が解決してくれることもある。
だが、その可能性を消したのは、まぎれもなく真人本人だった。
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