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真人⑫
なんであんなことを言ってしまったのだろう。万美の結婚式以来、真人は自分の発言を思い出しては、電話越しの亮治がどんな顔をしていたのか想像してしまう。
想像の中の亮治は眉間に皺を寄せ、ぽこりと盛り上がったそこを指で揉むことなく、スマホを耳に押し当てているのだった。想像するたび、真人の耳には電話越しに聞こえる亮治の息がつまるような音が、近くでするような気がする。
突然、店のドア近くにいる人だかりから、ざわついた声がした。「あ、だれか来たみたいよ」と、隣にいた高坂が皿から顔を上げる。真人もほぼ同時に、急ににぎやかになったそこに目をやると、遅れてやって来た参加者の男が、他の参加者達に囲まれていた。
男女問わずみんなから囲まれている男は、恥ずかしそうにこめかみをぽりぽりと掻くと「ごめん遅れた」と言って眉毛を下げて笑った。
クラス会ということもあり、参加者全員が真人と同じ三十歳もしくは三十一歳のはずである。だが、遅れてやって来た男はどう見ても二十代前半か、下手すると十代後半に見えるくらいの童顔だった。
こんなクラスメイトがいただろうか……と真人が疑問に感じていると、高坂が「あれって、もしかして溝口君じゃない?」と、何かを思い出したように言った。
「溝口? そんな男子いた?」
「やだもう。藤峰君ってそういうところ、ホントに変わってないよね。人に興味ないっていうかさ」
「全員に興味なんてもってられないでしょ」
「むむ……ていうかさ、その発言自体がまず人に興味がない人のものだよね。……まあでも、溝口君に関しては仕方ないか。中三の時、別のクラスだったし」
真人はへえと、溝口という男を遠目に眺めてみる。歳より若く見えるその顔立ちは表情が乏しく、どこか現実味がない。一見幼いのに、仙人みたいである。人混みにいても溝口のいるところだけ浮いて見えるような、そんな印象の男だった。
そういえばそんな男子生徒が他のクラスにいたような気もするが、はっきりとは思い出せなかった。
「でもどうして別のクラスの溝口君がうちのクラス会に?」
「さあ、だれかが呼んだんじゃない?」
今回、真人達のクラス会は文字通り、学年全体の同窓会ではなく中学三年生時のクラスメンバーのみでの同窓会である。中学三年間の中で最も団結が強く、仲も良かったクラスだった。
学校行事に疎い真人でさえ、中学三年生のクラスメイト達と臨んだ合唱コンクールや体育祭の記憶をちゃんと覚えているくらいだ。だから、中学三年生の時のクラス会にだけは、真人も必ずといっていいほど一次会だけでも参加するようにしている。
真人達のクラスで仲の良かった誰かにでも、呼ばれたのだろう。その時の真人は、溝口にさほど興味も湧かなかった。
そんな真人が溝口から声をかけられたのは、一次会を終え、幹事が二次会参加者に次の店の場所をアナウンスしている時のことだった。
一次会で帰るという高坂と同じく、真人も帰る身支度をしていると、溝口がふらりと真人の近くにやってきた。
「藤峰君だよね。急に話しかけてごめんなさい。その……このあと時間あるかな?」
溝口は腰の低い態度で、真人にそう言った。
真人は中学の三年間、溝口と同じクラスになった覚えはない。だからこそ、その存在さえ記憶にないのだ。そんな相手からこのあとの時間を誘われても、もちろん行く気にはなれない。
「ごめん。このあと用事があるんだ。それに申し訳ないけど、僕は君のことをそんなに覚えていないんだよ」
嘘をついて断るだけより、本当のこともちゃんと付け加えて断った方が、後腐れもないだろう。真人は正直に「覚えていないから」と言うことで、溝口の誘いを断ろうとした。
だが。
「そ、そっか、そうだよね……あの、実は亮治さんのことで聞きたいことがあったんだけど……」
亮治の名前に、真人の耳は反応した。知らない男の口から出る、兄の名前。
そしてふと目の前の男を注意深く観察して、真人はそこでようやく気づいたのだ。自分の目線が、溝口と同じ高さにあるということにーー。
おまけに細い首から流れる山の峰のようななで肩と、ぜい肉なんてこれっぽっちもついてなさそうな腰回り。それは真人が風呂場やトイレなどの鏡の前で、よく見かける自分の体と似ているものだった。
顔はそこまで、いや、かなり似ていないが、体型のシルエットだけを考えると、同一人物といってもおかしくはないだろう。真人は切りそろえられた短い髪型で、向こうは遊んでいるような柔らかい癖毛をしていることを除けば……。
溝口の切実な視線に、真人は思わずうろたえる。少しだけなら、と真人はその視線から逃げつつ、溝口の誘いに返事をしたのだった。
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