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真人⑰

***  朝目覚めると、そこに亮治はいなかった。まだ七時前。亮治はもう出かけたのだろうか。仕事のある日は、いつも八時すぎに家を出るというのに。  そっと撫でると、亮治が寝ていたはずのソファベッドの上は、冷たくなっていた。  冬が近づくということは、朝になっても昨日の夜を引きずるということだ。真人はけだるい体を起こすことなく、カーテンの隙間から漏れる青っぽい光を見つめる。  昨晩の熱さが嘘のように、自分の体も冷たくなっているような気がした。  目を閉じると、今もそこにいるように、亮治の息づかいが聞こえてくる。  ――なんでおまえ、そんなに優しいの。  そう言った亮治は、命乞いするかのように両手で顔を隠しながら、後ろに逃げようとした。そんな亮治を、真人は「いいんだ」とたしなめて、顔を隠そうとする亮治の腕をどけた。  優しくしたいと思うより、もっと即物的なもの。自己中心的な衝動だった。だから、どうして「そんなに優しいの」と言われたことが、不思議だった。  怯えながらも自分の背中や胸を撫でまわす手を思い出すと、真人はチリッと胸に痛みが走る。角張ったその手はまず、真人のあばらに浮き出た骨を一つ一つ確かめるように撫でた。  円を描くようなまとまった動きは、やがて十本の指がそれぞれの動きを見せ、真人の欲を煽りはじめた。  胸の突起をチロチロと舐められながら、反対側を親指の爪で引っかかれた時。甘い痛みで、真人は思わず「は、ん……っ」と、上ずった声で喘いでしまった。  その反応に、向こうの興奮度合もグッと上がったらしい。真人の汗が滲んだ首筋に顔をうずめると、激しくその肌を吸ってきた。  体中をいとおしむように、亮治は真人の体を舌で辿った。舐められるたび、真人は愛されているような錯覚に陥った。  だが、その錯覚はすぐに醒めた。亮治が愛しているのは、真人じゃない。真人の体なのだ。亮治の舌が自分の肌から離れるたび、そう思わざるをえなかったからだ。  目や舌、手で真人の体を楽しむ。それが愛撫につながるとは、思っているのだろうか。従妹の結婚式。そこのトイレでの愛撫は、徹底的に真人を気持ちよくさせるものだったのに。  今回の亮治の手つきは、徹底的に自分本位だった。それでも優しくしようと……自分を抑えようとしている亮治の理性と欲望のあいだで揺れるものを、真人は感じた。  背中をソファベッドに預け、真人は仰向けに倒れる。下半身を口内に収められると、熱くてぬめりとした亮治の口内に、真人は身震いした。 「あ……っ」  ひどいと思ったのは、味わうためだけに口内に含んだことだ。イクにイケない絶妙な刺激が、亮治の舌によってもたらされる。 「や、も……っ。イッ……」  そのまま上下に扱いてほしいと願うのに、亮治はアイスキャンディーを舐めるような動きばかり。はち切れそうになる自分を、解放させてくれない。それが苦しくて、真人は何度も亮治の硬い髪を掻きむしった。 「ごめ……っ、真人、俺もう……っ」  挿れたい、と切羽詰まった声で言われ、真人はずっと期待していた自分に気づく。 「い、いけど……こわ、い……っ」 「……ちゃんとする。真人が、痛くないよう……っ」  そう言って、荒い呼吸を整えようとしながら、亮治は右手の中指と薬指に自分の唾液を絡まらせる。そして「力、抜いてな」と真人の額にキスしながら言うと、グッとどちらかの指を一本、真人の後ろにゆっくりと押し入れた。 「い、た……っ」  本当は痛くなんかない。だけど、痛いと言わなきゃ、亮治から愛してもらっているという感覚を疑似的にでも感じられないような気がした。それが、すごく怖かった。  舌を舌で吸われながら、亮治とは違い柔らかな髪を撫でられる。大丈夫、と言われているようで、早く二本目が欲しくなる。  二本目でさらに押し広げられ、真人は圧迫感に息を止めた。  だが、亮治の指はすぐには動かず、真人の中の動きを捉えながら、徐々に動きを与えていった。 「……っ!」 少し経った時、真人は体内のある部分を押されて、尿意に似た感覚を覚えた。 「ここがいいのか……?」  亮治のちょっと意地悪な声が、落ちてくる。 「わ、かんな……っ」 「……わかるよ」  亮治はそう言うと、その一点に狙いを定めて、腹側に小刻みに押し上げはじめた。尿意に似た感覚。それが、真人の頭を混乱させる。  嘘だ、と思った。尿意が気持ちいいなんて。  ソファベッドに敷いたシーツをぎゅっと掴み、真人は得体の知れない快感に悶えた。やめて、と思うのにやめないでほしい。これ以上やられたらどうなるのだろう。  後ろの穴しか触られていないのに、性器は勃ちっぱなしだった。

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