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真人⑲

***  高校生の頃、亮治は左肩を脱臼した。朝の通学の時に、電車に乗り遅れそうになってホームに続く階段を猛ダッシュで駆け上がっていたらしい。だが、上から階段を降りてきた乗客の群れに押され、足を踏み外した亮治は、そのまま階段下に落ちそうになった。  咄嗟に近くにあった手すりを左手で掴んだおかげで、転がり落ちることはなかった。ただ、人の波に飲まれた全体重を左腕一本で支えた亮治は、見事に肩をやってしまったのだ。  脱臼自体はたいしたことではなかった。が、それからというもの、亮治の左肩は事あるごとに関節が外れるようになった。要するに、癖がついてしまったのだ。体育の授業中はもちろん、酷い時は肩を上げて髪を洗っている際に外れたこともあった。  当時、真人はよく風呂場から亮治の「いってえ!」と叫ぶ声を、リビングから聞いたものである。  そんなことを思い出しながら、真人はむくりと上半身を起こした。汗ばんだ裸の自分の体を見下ろすと、腹の上には亮治の出した精液がついていた。  ティッシュでそれを拭き、ポイとゴミ箱目がけて放り投げる。最近、どんどんと堕落している気がする。その証拠に、三メートルほど先のゴミ箱へのシュート率が前より格段と上がった。以前はゴミ箱のまわりシュートを外したティッシュが落ちていたが、最近はそれも少ない。  真人の隣には、同じく裸の亮治が横たわっている。配属先が変わって、慣れない環境に疲れているようだ。セックスが終わった後は、だいたい『こう』だ。  亮治と初めてセックスと呼べるセックスをしたのは、二週間前のことだ。一線を越えてしまった次の日も、真人は亮治とセックスをした。  向こうが「したい」と言ってきたわけではない。真人が言ったわけでもない。  ただ、風呂から上がり、真人は読書、亮治はテレビ鑑賞と、それぞれの時間をリビングで過ごしていた時のこと。亮治の観ていた番組が、CMに変わった。その時ふと真人が本から顔を上げると、亮治もこちらをチラッと見たのである。  目が合い、気まずさからいったん互いに目と意識を逸らした。だが、テレビ画面がCMからバラエティ番組に戻っても、亮治からチラチラと見られているような気がして、真人は落ち着かなかった。  真人が本を閉じると、亮治もテレビを消した。言葉はなくとも、それだけで十分だった。  リビングにソファベッドを敷こうとする亮治の肩を叩き、真人は「僕の部屋で」とだけ言った。  おとなしく亮治がついてきたのは、言うまでもない。それが二回目の交わりだった。二回目から三回目は、もっとスムーズだった。  風呂から上がって真人が部屋に直行すると、亮治も後から猫背気味にやってきた。言葉なんていらない。服を互いに自分自身で脱いで、相手の裸の体に腕を回せばよかった。  三回目以降は、それはもうあっさりとその行為は日常に組みこまれた。まるで亮治の左肩の関節が外れることが、当たり前になった時のように。  最初は大袈裟に本人もまわりも気にしていたことが、段々と当然のようになっていく。普通になっていく。  いつまでこんなことが続くのか。続けた先に何が待っているかなんて、誰にもわからない。ただ、情事後の亮治の寝顔を見ていると、真人は涙が出そうになる。  それだけは、体を重ねるたびに強くなる。その気持ちを抑えこもうとすればするほど、真人は体じゅうに沁みついた亮治の名残を落としてしまいたくなるのだ。  だけど。  うっすらと目を開けた亮治と目が合う。亮治は目頭をつまんで、 「……今何時?」  と、訊いた。 「二時」 「まだ全然夜なんだな」 「朝がよかった?」 「……いや、まだ寝てたいし」 「じゃあ早く戻ったら? リビングに」  真人の部屋でセックスをするようになったものの、亮治は行為が終わると必ずリビングへと戻って行く。はじめは若干傷ついたが、そのたびに溝口のことを思い出して、亮治の行動一つ一つを諦める努力をした。

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