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亮治②
***
会ってほしい人がいる、と父に言われたのは小学四年生の時。なんとなく、ああ女の人だな、と直感でわかった。十歳にもなると、親の変化なんて簡単に気がつく。自分に拒否権なんてものが無いことも――。
どこか浮足立ってネクタイを締める父に、「きれいな人?」と無邪気を演じて訊くと、父ははにかみながら亮治の目線まで腰を落として言った。
「綺麗なんてもんじゃないさ」
正直、会いたくはなかった。父の、父以外の顔なんて見たくなかったから。亮治にとっては、父は父でしかなかったから。
デパートの屋上レストランではじめて父の恋人と対面した時。その女性よりも、恥ずかしそうにその女性の後ろに隠れている少年に、亮治は興味を覚えた。
目が細くて、鼻も唇も小さい。すべてのパーツに印象がなくて、一見すると地味な顔立ちだ。髪は自分と違ってサラサラで、少しの風でふわりとなびく。
自分とは似ても似つかないその容姿に、さすがの亮治でさえも、一瞬『仲良くできるかな』と不安になった。
レストランでは、亮治はハンバーグを注文した。母がいなくなってから、ハンバーグなんて食べる機会がなかったのだ。
オムライスとエビフライで迷ったけれど、久しぶりに見るハンバーグの文字に心惹かれ、亮治は「おれ、ハンバーグたべたい」とメニューを指差した。
すると真人という名のその少年は、もじもじと照れくさそうに、伏し目がちな目を母に向けて「……ぼくもそれがいい」と言った。
その時、思ったのだ。
ぜんぜん、地味なんかじゃない。かわいい――。
亮治の心に、ふと柔らかい感情が芽生えた瞬間だった。
その後はもう、真人の緊張がほどけるように、亮治は持ち前の明るさと人懐っこさで真人に接した。知らない子どものせいで手を擦りむいた時には、カッとなって「おれの弟にあやまれ!」とも叫んだ。
自分と一緒にいると楽しい。怖いことなんんて、何もない。そう思ってほしい――と。
だから、父が真人の母親と再婚すると聞いた時は、それはもううれしかった。もう二度と、毎日一人きりの家に帰らなくていい。そのことが、ただでさえうれしいのに、さらに弟ができるなんて。
そして、その弟が真人だなんて!
あんなに弟になってくれてうれしかった真人に対して、「あれ?」と思うようになったのは真人が中学生に上がったばかりの頃だった。
入学式の朝、少し大きめに作られた学ランを着た真人が、「見て見て」と亮治に見せてきたのである。黒の学ランの上から伸びるすらりとした白い首。裾に半分以上覆われた手のひらと、ベルトをしないと今にもズボンが落ちてしまいそうな薄い腰――。
それらの細部が一挙に脳に入りこんできて、亮治は言葉を失った。
男の体に欲情してしまう自分には、とうに気づいていた。それが恋だとはいえないということも。当時、亮治には好きな女子がいた。その子と付き合いたいと本気で思っていたし、もし付き合えたらこの厄介な性癖も勝手に治るだろうと、信じて疑っていなかった。
なんで。
亮治の反応を待つ真人を見つめながら、亮治は言葉を探した。弟をそんな目で見ない兄の言葉を……。
加速していく動悸が聞こえてやしないだろうかと焦りも募っていく。真人の「兄さん?」という声に呼び戻され、亮治はハッと我に返った。そして、やっとのことで絞り出した言葉といえば、
「なんだよおまえ……服に着られてんじゃん」
だった。
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