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亮治⑬
「好きなんだ……っ」
真人の耳元で言う。かすれた声が囁いているように聞こえなかったのは、必死だからだ。亮治は何度も「好きなんだ」と繰り返した。
「連れてくるな。誰のことも、連れてくるな……っ。一人で来てくれ……俺のところに来るときは必ず、一人で……っ」
弱々しい真人の手が、亮治の背中を這う。そして頭の後ろに乗せられた真人の手が『よしよし』と撫でるように動いた時、亮治の目からぶわっと涙があふれた。
この男だけでいい。自分の人生には、真人だけがいればいい。
抱きしめたまま、再び真人の唇を奪う。激しさを増したキスに、真人は苦しそうに「んっ、ふ……っ」と声を洩らしながらも、応えてくれる。
それが愛おしくて、さらに真人がほしくなる。舌を相手の口腔にねじこむと、真人は高い声で啼いた。舌を絡ませ合い、こちらの口内にも真人の舌を招く。
招いた舌を強く吸うと、付け根が引っ張られて痛かったのだろう。背中に回した手が、服越しに爪を立ててくる。ツキリと背に痛みが走ったが、真人から与えられる痛みは、すべて亮治には興奮を煽る材料にしかならない。
抱きしめる腕に力が増すたび、細い真人の体が後退していく。すると真人は「わっ」と言って、後ろにひっくり返った。ソファの背もたれに後ろ足がつまずいたようだ。
後転した真人の姿は、仰向けの状態で背もたれに両脚をかけている。本人は情けない姿を晒したと思ったのだろう。みるみるうちに顔が赤面していき、「み、見ないでっ」と両脚を背もたれから床に戻そうともバタバタと脚を動かした。
ああ、くそ……可愛いな。
亮治は天を仰いだ真人の両手を、耳の横で上からソファに押しつけた。スプリングの音がギイと鳴り、押しつけた真人の手首が、ソファに沈む。
「真人……」
少し無理な体勢だが、亮治は真人の唇に再びキスを落とした。そのまま真人の脚とともに、背もたれからソファへとなだれ込む。その際にソファに置いていた不動産の資料がバサリと床に落ちた。
久しぶりに組し抱く真人の体は胸が薄くて、儚くて……今にもするりと亮治の腕から逃げてしまいそうだった。
でも、真人は逃げない。
コバルトブルーのセーターと白いシャツを腹から胸元までたくし上げ、亮治は真人の胸の突起を丁寧に舐めた。「ん……ッ」と艶のある声を頭上に聞きながら、亮治はそのぷっくりとピンク色の実を舌で転がした。
両手で口を塞ぎ、声を出さないよう必死に我慢している真人は、小動物のようで可愛かった。もっと啼かせたいと思わずにはいられない。
胸の突起を優しくいたぶり続けながら、亮治は右手で真人のベルトに手をかけた。
「や、め……っ。さすがにここでは……っ」
唇へのキスで言葉を遮り、亮治は「少しだけ」と言って真人のベルトを緩める。そしてボクサーパンツを尻の付け根まで下ろし、性器をあらわにさせた。
自分のものより小ぶりなそれは、少しの愛撫だけで完全に上を向いていた。早く触ってほしいと懇願しているように、ピクピクと震えている。
根本に手を這わせ、自分の口に誘導しようとした、その時だった。
ガチャンと玄関から音がして、廊下を走る音が近づいてきた。真人の身なりを整えさせる間もなく、居間の扉が開く。
「やだわ私ったら。ポイントカードを忘れるところだっ――……」
言い終える前に、三日月のような目で笑っていた母の目が、見開かれていく。
固まっていると、真人がこちらの体を押しやり、カチャカチャと焦った手つきで乱れた服装を直しはじめた。ベルトを締める音を聞きながら、亮治は改めて母を見る。
母は、口元をわなわなと小刻みに震わせていた。言葉も出ないようだ。
罵倒されるかもしれない。泣かれるかもしれない。今度こそ、親子の縁を切られるかもしれない。この後の展開をシミュレーションする。どう足掻いても、最悪だった。
「……な、ん……っ」
母のなで肩から、エコバッグがズルリと落ちる。財布と携帯電話の落ちる音が、鍵のチャリンという音にかき消される。
続いて母は胸を押さえると、フーフーと息を大きく吸っては吐いてを繰り返した。苦しそうに顔を歪ませ、額には玉のような汗を浮かばせている。そしてついには胸を押さえながら、床にうずくまってしまった。
「母さんっ!」
真人と二人で駆け寄る。
整っていない母の呼吸を聞き、亮治は咄嗟に「ビニール袋を持ってきてくれ」と真人に指示をする。以前、過呼吸で苦しんでいる相手にはビニール袋の中で呼吸させるのがいいと、牧野から聞いていたのだ。
真人がビニール袋を取りに行ってる時、亮治は少しでも楽になればと、母の背中をさすろうと手を伸ばした。
だが――。
拒絶の手に、パシッと払われる。指のあいだから見えた苦渋に歪んだ母の目は、息子を見るようなそれではなかった。憎しみのこもった目。心の底から軽蔑している目――。
手を拒まれた以上、亮治にできることなど、何ひとつなかった。
戻ってきた真人に、ビニール袋で母の口を覆うよう伝える。苦しそうにビニール袋の中で二酸化炭素を取り込もうとする母は、真人に背中をさすられても、拒むことはなかった。
母が落ち着きを取り戻したのは、それから二十分後のことだった。苦しそうな呼吸音を洩らさなくなった母は、真人に促されて椅子に座った。
そしてビニール袋を両手でクシャリと太ももの上で握りつぶすと、下げっぱなしだった顔を上げた。
「お兄ちゃん、どうしてっ?」
母は取り乱した声で、大雑把な疑問をぶつけてくる。
「お兄ちゃんが男の人しか好きになれないことなんて、私にはどうでもよかったわ……っ。お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだからって……でも、真人は弟よ……っ?」
「母さん、そのことなんだけど――」
自分の代わりに答えようとする真人の前に手をやって遮る。今、母は真人ではなく、亮治に答えてもらいたいのだ。亮治が答えないと、真人が何を言っても納得しないだろう。
「いくら真人と血が繋がってないとはいえ、もう何年もあなた達は本当の兄弟をやってきたじゃない……っ」
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