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次の日の面会時間、俺は黒川さんのいる病院に来ていた。 昨日はどうやって帰ったかもわからない。 ツンと鼻につく消毒液みたいな匂いが充満する病室からは誰かの声が聞こえてくる。 そっとドアを引く。 「っ…」 ベッドに横たわる黒川さんの口元には、ドラマでよく見る酸素マスク。ベッドからたくさん管が伸びていて、近くに数字が表示されているモニターもある。 それだけが黒川さんの生きている証だった。 「っひっく…廉…廉おきてよ…廉…ぅぅう…」 大粒の涙をボロボロ流しながら黒川さんの横たわるベッドに突っ伏す理央の姿が酷く滑稽に見えた。 悲しんで泣き叫びたいのにどうしたらいいか分からない俺と、事故なんて誰にでも起こりうる事なんだ、と冷静に理解する俺がいる。 でも、結局泣いたってどうしようもない。 そんな事をして黒川さんが目を覚ますならとっくに声が枯れるくらいやってんだよ。 「華くん、大丈夫?」 「はい」 自分がこの状況でおかしなくらい冷め過ぎてるのは自覚している。理央と同じくらい泣いてても良いはずのに、俺からは涙の一滴も流れない。 本当に実感が湧かなくてどうしたらいいか分からないんだ。 「ほら理央、水分とらないと」 「ぃらないぃぃ…ひ、っく…」 「…俺…ちょっと歩いてきます」 理央の泣き声を聞きながらふらっと病室を後にする。 黒川さんに病院着と酸素マスクなんて似合わない。 やっぱり黒いシャツか、スーツを着てくれないと。 もしかしたらあの人は黒川さんじゃないのかもしれない。 きっとそうだ。 「…はぁ……」 そう思いたくても現実は変えられない。 あの青白い顔に触れたら、消えちゃいそうで、触れられず声をかける事もできなかった。

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