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エンカウント

糸が伸びる方へ小走りする。 すれ違う人を避けていると不意に糸が床の下にピンと突き刺さった。 「え、下っ?」 近くにあるエレベーターを待つのも耐えられず、その横にあった階段を下りる。 1階まで下りて、糸の伸びる曲がり角を曲がろうとしたその時、 「っ!!!」 「うわっ」 向かい側から歩いてきた人と正面衝突。 バサバサっと音を立てて、ぶつかった人が持っていたトートバッグからたくさんの書類が床に散らばる。 「すみません!」 「いえいえ、こちらこそすみません」 何となく内容を見ないように書類を集めながら顔を上げた瞬間、冗談抜きで時が止まった気がした。 「え………」 「すみません、ありがとうございます」 俺の目の前で片膝を付いて書類を集めている男の人は、黒川さんとそっくりだった。 違う所は服が黒じゃなくて、鶴の柄シャツだって所と、前髪がセンター分けな所だけだ。サラサラの黒髪も、真っ黒で切れ長な目も、耳に空いた、たくさんのピアスも、全部が黒川さんだった。 「え…黒川さん?…え?…え?」 固まる俺の手から書類を抜き取り首を傾げる黒川さん。 その動きも黒川さんとよく似ている。 でも、黒川さんなわけがない。 黒川さんならさっき見た。今日もベッドで意識不明だった。見間違いなんかじゃない。 「黒川ですが。…あぁ、廉とお知り合いですか?」 「…はい…知り合いっていうか、番です…」 正直、番なのは言うか迷ったけど何となく言わなきゃいけない気がして言う。 すると黒川さん(仮)は、パァっと笑顔になり俺の手を引いて立ち上がらせてくれた。 「え?!もしかして華ってキミ?俺、廉の双子の兄。蘭って名前。親父から話は聞いてるよ!」 「……ぁ…はい…」 とりあえず病室連れてってくれない?場所分かんなくてさ、と言いながら俺を見下ろす蘭さん。 もうその姿が黒川さんにしか見えなくて、黒川さんじゃないのに黒川さんと会話していると錯覚してしまう。 肺を掴まれたみたいに息苦しくなって、止める暇もなく涙が溢れた。

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