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宝石
「いよいよ今日だな!俺はこのCMで世界へ羽ばたく!」
今日は待ちに待ったCM撮影日。
隣でフンフン鼻息荒く意気込む爽とは逆に、俺はガチガチに緊張していた。
癖で首元を触ると、いつもつけていた首輪は撮影のために外したのを思い出し更に緊張する。
「そんな緊張すんなよ。俺がいるから」
「あ、…いつもありがとう」
バシンと背中を叩かれ、いくらか緊張が解れる。
スタッフの人が、今回PRするリップを俺と爽に1本ずつ渡す。それを受け取りスタジオのセットに入る。メイクされた顔を映すイメージだったのでこれには驚き。
セットは真っ白。その中央にデーンと大きいベッドが一つ。もちろんシーツは真っ白だ。
まるで病院みたいで落ち着かないけど、リップの色はとても映えると素人の俺でもわかった。
「…」
「……」
二人でふわふわベッドの上に座り沈黙。爽もさっきまでの勢いはどこへやら、受け取ったリップを握り締めて俯いている。
…なんだ…爽も意外と緊張してんじゃん…?
てか指示してくれないんだ。
塗らないといけないのは分かるけど、どんな風に塗ればいいんだろう。
大事な商品なんだ。絶対に失敗できない。
不意に爽がパッと顔を上げた。
「塗りあいっこしてみる?」
「塗りあいっこ?」
そう言いながらリップを俺の手からもぎ取る爽。
「うん、貸して。先にやるからこっち向いて」
…もう取ってるし。
慣れた手つきでリップを少し出し、俺の方へ向ける。
「はーい、ちょっとあーってして」
「あー」
爽と向き合い、顎は固定される。いわゆる顎クイ状態。
堅く結んでいた口を少し開くと、下唇に押し付けられるリップ。リップは下唇の左端から右端へスライドした。
顔近いし唇ガン見される事ないからはずかしい。
「…いいね」
何が?!
てかコーラルピンクってやつらしいけど本当に俺が塗っていいのか?!
もう早く終わってくれ…!と思いながら視線を上げると、爽の肩越しにカメラのレンズと目が合った。
「!!」
うわっっっっ気が付かないうちにガッツリ撮られてんじゃん!!!!リラックスし過ぎて気付かなかった…。
どうしようこれ目線ズラした方が良いのかな?
わかんねぇ!こういう時に爽ならどうする?
爽ならきっと…笑う、かな?
「無理に笑わなくていいんじゃね」
「……」
え?
「華は綺麗に笑えるようになったけど、リラックスしてる時の無表情も綺麗だよ」
そう言う爽の顔は真剣そのもので、冗談を言っているようではなかった。
俺は俺、爽は爽。
無理に追い付こうとしなくて俺なりに頑張ればいいんだ。
膝の上で握り締めていた拳を解く。
俺はこんな感じでいつも爽に助けられてばかりだ。
「そうそう、それでいーんだよ」
「…ふふ…」
俺が終わったら次は同じ事を爽にする。
やられる方も緊張したけど、塗る方も中々に緊張した。
こうして俺たちの初めてのCM撮影は無事に(?)終了した。
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