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3 side 金条 華
寝室に入ってきたのは、お盆に何かを乗せている廉さんだった。
「お、起きてたか。おはよう。リンゴ切ってきたぞ」
ふわっと微笑むその人は、間違いなく廉さん本人だ。
でも、信じられない。夢じゃない?本物かな?
「……ぅっ」
廉さんがベッドに腰掛けるのを、ひくっ、と喉を引き攣らせながら、見つめることしかできない。
「…え、おい、華」
漏れてしまった嗚咽に気付いた廉さん。ガチャン!と、持っていたお盆を、少し乱雑にサイドテーブルに置く。
すぐに鋭い視線が俺の手の平の錠剤へ向けられ、びくりと肩を揺らしてしまった。
「っぅ、…ぅえ…」
色々な理由で震える手を、俺より少し大きな手でぎゅうっと強く握られる。混乱している間に、錠剤は全て回収された。
「ごめん、起きるまでには戻るつもりだった」
眉を寄せて、俺を見つめるのは、自分の番。
センター分けじゃないから蘭さんじゃない。
しかも髪の毛は、寝起きからセットしてない、さらさらの状態。
俺だけが知ってる廉さんだ。
震える手を伸ばして、そっと頬に触れる。
あの病室で、静かに目を閉じていた時の冷たさは感じない。
ちゃんと温かい。
手のひらから、健康な人間の体温を感じる事ができた。それに安心して、更に涙が溢れる。
「ぅぇ、っひ…、んん、…れっ、ん」
喉が勝手にひくひくして、上手く息が吸えない。
ごしごし拭っても溢れる涙が止まらないし、息を吸うのと、嗚咽が混ざって苦しい。ついでに鼻水も止まらない。
そんな状態でいると、痛いくらい強く抱きしめられ、世界一安心する匂いに包まれた。くらくらして、悲しさで占められていた頭は、少しだけ幸せの割合が増えた。
「またっ、っゆめかとっ、思って、ぅう」
背中のシャツをぎゅっと握り締めて、肩に額をぐりぐりと押し付けた。鼻水がついたらどうしよう、なんて考えている暇はない。
「っいなく、ならないでっ」
絞り出したような声はしっかりと届いていたみたいで、背中を撫でていた手は、頭に移動した。
そのあとティッシュで顔中を拭かれ、たくさん頬やおでこにキスをもらった。
「これからは勝手にどこにも行かない。約束する。」
ひとしきりキスの雨を浴びた後、廉さんは俺の手を両手で握って宣言した。
「本当に?本当に本当に?」
しつこく、何回も確認する俺。
廉さんが俺に嘘つくわけないのに、不安で不安で仕方がない。
いつも通りの日常なんて、呆気なく崩れるのを知ってしまったから。
廉さんは俺の問いに、深く頷く。
「ずっと一緒にいよう」
真剣で、でも照れくさそうな、何とも言えない表情。
薄暗くてもわかる頬の紅さに、胸が苦しくなった。
「返事は」
何度も何度も頷く。
いつの間にか、涙と嗚咽は止まっていた。
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