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口元を手のひらで覆い、時折呻きながら『待て』と『やめろ』を繰り返す廉さん。眉を寄せて、かなり辛そうだ。
口元を隠されるとキスができない。
寂しくて、心臓のあたりがきゅっと痛む。
「ね、廉さん、キスしたいっ」
その手を掴むと、案外すんなり隠されていた口元は露わになる。
そこで何かが違うと思ったのは、廉さんの犬歯だった。
「っふ、ハァ、…」
「ぇ、」
かたちの良い口を大きく開き、ハァハァと荒い呼吸を繰り返している。そこから見えるのは、今までの比にならないくらい尖った犬歯。
いくらなんでも鋭すぎる。今までこんなに尖ってたっけ?
これじゃまるで、本物のオオカミ───、
そこで廉さんが、目にも留まらぬ早さで、俺の両手首を頭上で一纏めにしてしまう。俺はボケっとし過ぎてなすがまま。
「え?え?」
ぐわっと大きく口を開けた廉さんの顔が近付く。
それがスローモーションのように見えて、俺は『あ、噛まれるな』と、どこか他人事の様に考えていた。
そして鋭い歯は、俺の左肩に突き刺さる。
「ッッッたぁ゛!!!!」
ぐっ、ぐっ...と、俺の肩を噛みちぎろうとするように繰り返し噛み付かれ、思わずベッドにボスボスと脚をばたつかせた。
いたい、痛い痛い痛い痛い痛い!!!!
痛いのに、暴れると本当に胴体と腕がバラバラになりそうで下手に動けない。
「痛い!廉さん!!いたい!!痛いって!!あぅ!!!」
「ん、…」
廉さんは俺の肩に噛み付いたまま、腰を揺すり始める。
痛いのと気持ちいいのが混ざって、頭がおかしくなりそうだ。
これ絶対、痕残る、どうしよう、本当に廉さんに食べられる。
「やぁ、あっ、れんさん、いたぃ!!」
「かわいい」
べろりと肩の血を舐めとった廉さんが、うっとりした顔で微笑んだ。
なにその顔、ぜったい俺の声聴こえてないじゃん…。
目も、俺と合ってるけど、なんか俺を見ていない感じがする。
廉さんだけど、違う。
変だ、廉さんが変だ!!
さっきまで普通だったのに。なんでなんで?!
朦朧とする頭で、必死に記憶のページを捲る。
そこで一つ、中学生の頃に読んだ図鑑の内容を思い出した。
それは、第二の性についてまとめられた図鑑の、アルファの生態ページに書いてあった内容。
『発情期は、Ωだけではなく、αにもある。それは《ラット》と呼ばれ、始まる原因は、主に番のヒート中のフェロモンによる誘発によるものがほとんど。また、─』
「…、」
大変な事に気付き、抽挿は続けられているのに、もう声も出なかった。
─もしかして、これ、αの発情期?ラットってやつ…?
なら、廉さんがこんなんなったの、俺のせいってこと?
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