4 / 8

【て】を伸ばしても届かない

後に聞いた話だ。 どうやら僕は、トラックとぶつかって意識を失い、救急車で運ばれたらしい。 実は足を骨折しただけだったが、衝突のショックで気絶してしまい、2日ほど目を覚まさなかったのだそうだ。今思えば少し恥ずかしい話だが、お蔭で大切な事に気付かせてもらえた。 そうして目を覚ました僕は、宏太と別れた。。。 * * * * * * * * * それから3年後。 折角入った大学なので、とりあえず卒業するまではしっかり通い、東京の小さい会社になんとか就職も決まって、今夜、克哉を見送ったのと同じ夜行バスで、克哉と同じ時間に出発する事にした。 克哉へ今日の事を報告しようと、数年ぶりに電話をしてみようかしばらく葛藤してから勇気を出して掛けた電話は、知らない人が「違います」とそっけない声で彼の機種変更を知らせてくれた。 淋しい反面、どこか『やっぱり』と思いながら、指定の座席へと着席すると、ちょうど窓側だったので閉じられたカーテンをそっとめくり、自分の住んでいた街を眺める。 時間も時間なのでネオンすら少なく、本当に寂しい印象を受けたが、見送りに来ていた知らない誰かの大切な人達が、バス停に灯された明かりでやけに目に付いた。 中には旅行に行くだけの明るい見送りがあったり、遠距離なのか別れを惜しむカップルなども居た。 綺麗めな女性の見詰め合う瞳が赤く潤んでいて、光の反射がますます彼女を美しく浮き上がらせる。『待ってる…』と言っているのが、口唇の動きで分かった。 その姿が昔の自分と重なり、それ以上は見続ける事が出来ず目を逸らした。 視界の隅で、二人が重なり合うのが見えた気がしたから、きっと別れのキスをしたのかもしれない。 異姓同士だからこそ、そういう事も人前で出来るんだな。なんて、ちょっとヒガミみたいな事を思っていると、別れを済ませた“彼氏”の方がバスへ乗り込んで来る。 窓から見えたのは横顔だけだったが、正面から見ると結構な男前で、『あぁ。美男美女のカップルも、本当にあるんだなぁ』なんて思わずぼんやりしてしまったら、目が合ってしまった。 『やばッ!怒られる!』なぜか、覗きが見つかったわけでもないのに、焦って視線を外したが、彼氏はそのまま僕の方へ向かって歩いて来る。 やっぱり見てたのバレてたのかな。そう思って内心冷や冷やしていたが、彼氏の方はあっさりと「こんばんは」なんて挨拶をして来る。 「こんばんは…」 つられて挨拶を返すと、彼は綺麗な顔を更に綺麗な笑顔にして、 「隣同士ですね。長旅ですから、仲良くしましょう」 そう言って僕の隣の席に腰を下ろした。 そこからは、年齢も近かった事もあって、話を弾ませながら…と言っても夜行バスなのでかなり抑えめのボソボソ声ではあったが、それでも長いような短い時間を過ごした。 バスを降りた頃には日の出が始まっていて、行く宛ても無い僕はしばらく美しい朝日をぼんやりと眺めていた。 「東京でも、日の出は綺麗だろ?」 自分一人だと思っていたのに、ふいに声を掛けられ我に返る。 振り返ると、さっきまで一緒だった彼、勇次がそこに居た。 「どっち方面に行くの?」 どうやら知り合った事に縁を感じてくれて、親切に案内を買って出てくれたようだ。 「実はまだ、アパートも決めてなくて…」 口に出してしまうと、自分の無計画さが急に恥ずかしくなり、肩をすくめてしまう。 「…マジでか」 呆れられるのも仕方ない、と思って俯いていると、思わぬ声が降ってくる。 「良いねぇその無謀な感じ。若さって言うかさ、男はそうでなくちゃなぁ~」 なんだか楽しそうに弾んだ声に顔を上げると 「よし!決めた!お前さ、俺とルームシェアしない?」 意外な言葉に唖然としながら、満面の笑みを浮かべた勇次が、仏様に見えた。 こうして始まった勇次との生活は、それはそれは楽しくて。 部屋も想像より大きくて広くてビックリしたが、彼女との新居にと購入したらしく、あとは入籍して彼女が引っ越して来るのを待つばかりなのだそうだ。 が、彼女の方が立場も給料も上で、籍を入れるまでの前準備でものすごく時間が掛かっているそうで… 一人で居るのが寂しかったのだそうだ。 そういう可愛い所もあるんだなぁと微笑ましく思う反面、どうやら料理も掃除も下手なようで、僕との生活は本当に助かると喜んでくれている。 僕はと言うと、勇次から『お前』って呼ばれるのがなんだか嬉しくて、懐かしくて、入社した会社の慣れない仕事を覚えるのが大変ではあったが、甲斐甲斐しく世話を焼いてしまっていた。 そしてそんな毎日が、とても居心地の良いものになって行った。 「あ~ぁ。お前が女だったらなぁ~…」 1年ほど経ったある日の夜、勇次がそんな事を呟くまでは。 「…どうしたの?酔ってんの?」 「酔って…は、いる。」 テーブルに並んだ缶ビールの数はたいした事無いが、帰って来た時点でだいぶ飲んでいたのは分かっていた。 「今日はもう、やめな?」 言いながら、勇次が手にしていた缶を取り返し、そのまま自分で飲み干してしまう。 「あぁ!俺のビールー!!」 空になった缶を覗くと、それをそのままテーブルに放り投げ、僕に抱きついて来る。 ガタイが違うので、そのままソファに押し倒されてしまった。 「お…重いぃぃ…」 必死に押し返そうとするが、勇次はそのまま動こうとしない。 「ビール返せ~~~~」 言いながら、僕の口唇を塞いだ。 「んッ!!」 何が起こったのか分からず、押し返す腕に力を込めるが、ビクともしない。 そしてそのまま舌を吸われ、絡め取られる。 「ふ…ンん」 久しぶりに訪れた快感に思わず力が抜け、つい身を委ねてしまった。 「ちゅッ」 と音を立てて口唇を離すと、勇次がジッと僕の顔を眺める。 「お前さー、本当可愛い顔してるよな。 彼女とか居ないの?」 「い…居ないよ…」 キスの余韻でふわふわしたまま答える。 「ふーん…。んじゃぁ、コッチもしばらくゴブサタって事?」 「え」 答える間も無く、また口唇を塞がれ、今度は服のボタンを器用に外されて行く。 何が起こっているのか分からないと言う自分と、久しぶりの快感を求める自分とが入り混じり、抵抗という抵抗もせず、勇次から与えられる愛撫に身を任せる。 “酔った勢い”でも“気の迷い”でもなんでも良かった。 心より体が、快感を求めていた。 「あ…ン」 思わず漏れる自分の声も、久しぶりに耳にする。僕、こんな声出すんだっけ。 でもノンケの勇次が、男の僕をどうやって抱く気でいるんだろう? 下半身を見たら、急に醒めてしまうかもしれない。 などと、どこか冷静なのは、勇次を愛していないから。そして勇次が僕を見ていない事も、ちゃんと分かっていた。 だからこそ、僕はゆっくりと体制を入れかえる。 「僕が…シテあげる…」 勇次が泥酔していて良かった。 どこか意識が朦朧としている勇次が、覚束(おぼつか)ない動きで僕を抱くより、きっとこの方が勇次も楽なハズだった。 僕はゆっくりとジッパーを下ろし、ズボンとトランクスを下して行く。 露わになったソコは、酔っていてもシッカリ自分を主張していた。 久しぶりの男の香りに軽い眩暈を覚えながら、舌先を使ってソレを刺激してから、喉の奥まで包み込んで行く。 「ぅン」 小さく呻いてから、大きくため息を零して、僕の刺激を受け入れてくれる。 口唇を何度も上下させながら、自分の秘所も指でほぐして行く。 「は。ァ…ん」 咥えた口唇から吐息を零しながら、どちらの物とも分からない水音を耳にする。 もう堪らなくて何も考えられなくなって、勇次のソコへ自分の秘所をあてがうと、ゆっくり腰を下ろして行った。 「んン!あァ…あ」 欲しくて欲しくて堪らなかった物が、僕を突き刺す。 待ちに待った快楽を手に入れて、僕は夢中で腰を動かした。 厭らしい喘ぎ声と水音が、僕の脳を侵略して、頭を真っ白にして行く。 無我夢中って言うのは、こういう事を言うのかもしれない。 後の事も先の事も考えられず、僕はただひたすらに、自分の欲望を満たして行った…。 ― 翌 朝 ― 「ごめん…」 顔を合わせてすぐに、勇次が謝罪して来た。 謝らなくちゃならないのは僕の方なのに。 「僕の方こそ…」 勇次が、何をどこまで覚えているかは分からない。 自分の仕出かしてしまった事に、不安ばかりが膨らんだ。 「いや。俺が悪いんだ。酔ってたとはいえ、あんな事… お前を、女の代わりにするなんて… 本当、最低だ、俺…謝って済む問題じゃねーよな… どうしようもねーよ俺…申し訳ない…」 どうやら全て覚えていたらしい勇次が、土下座しそうに身を屈めるのを正面から駆け寄り、支えて止める。 「違うんだ。僕が… 途中からは僕がしたくてしたから… 僕、ゲイだし。身体も辛くないから大丈夫だから」 とにかく必死で、勇次に自分を責めて欲しくない一心で、必要のない事まで言ってしまう。 「ゲイ…だったのか…」 勇次の言葉で我に返る。 「あ…ごめん、黙ってて… き、持ち、悪い…よね、ごめん… 出てくから、ここ。本当ゴメン。 今までありがとね。最後の最後に迷惑かけてごめん。」 慌てて勇次から離れて、自分の部屋に荷物を纏めようと戻ろうとした所を、腕を掴まれて制止される。 「そういう事、涙目で言われると辛い」 勇次が言い終わるのと、涙が零れるのとが同時だった。 「ごめ…」 今度は言い終わる前に、後ろから抱きしめられる。 「そっか。どうりでな―――。 やけに色っぽいと思ったのは、そういう事だったんだなー。 なんかすげー納得しちった。」 「気持ち…悪く、ないの?」 声が震えてかっこ悪い 「うん…ゲイって受付けねーけど、なんか… お前だったら…平気っつーか、許せるっつーか… 俺、頭悪いから分かんねーけど、 …お前が良いみてー」 良いながら、押し付けて来た腰には、固く膨らんだ物がそそり立っていた。 「んな!!??」 恥ずかしくて離れようとしたけど、力には敵わなかった。のと… もちろん、自分の欲望に勝てなかったのとで、朝から仲直り?のセックスを開始したのだった。 身体から始まる関係もあるんだなぁと思いながらも、自分の中の厭らしく汚らしい欲望に気付いてしまった僕は、もうあの頃の克哉を、追いかけてはいけないような… こんなに汚れてしまった僕が、いくら手を伸ばしても届かないような、そんな気がしていた…

ともだちにシェアしよう!