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【い】ら立ちの夜明け

勇次とセックスしたあの日から半年が過ぎた。 勇次の口から、婚約している筈の彼女の話は出なくなっていたが、毎週末は泊りがけで留守にしているので、会いに行っているのは分かっていた。 『嫉妬』をしているかと聞かれれば返答に困るが、少なからず情が沸いているのは間違いなく、週末が近づくとアンニュイになって行った。 そして今週も、容赦なく金曜日の夜がやって来る。 いつものように小さなカバンに下着だけを詰め込み、勇次のお泊り準備は完了していた。 「また、行って来るんだね。」 勇次の部屋の入口のドアにもたれかかりながら、滅多に言わない言葉を吐き出した僕に、一度少し驚いた表情を返すと、すぐに口角を上げて目を細める。 「何?寂しい?」 言いながら僕の方へ歩み寄ると、顎に手を掛けて上向かせられる。 それでも目を逸らしたままの僕を無視して口付けをすると、そのまま舌を入れて来る。 「ぅ…ン」 僕が思考より快楽が勝ると言う事を分かり切っているのか、いつもこうやって誤魔化されていた。そして今日も…。 「可愛いヤツ」 一度口唇を離しそれだけ言うと、また口唇を押し当てそのままベッドへ移動して行く。 もう目を瞑っていても場所は分かっていた。そこまで辿り着いても、まだ舌を絡め合ったまま、倒れ込むように押し倒された。 「ふ…ン…む」 息をするのもやっとなのに、僕は夢中で勇次に抱き付く。 「ッ…は。」 勇次もようやく口唇を離したかと思うと、シャツをはだけた僕の首筋から鎖骨へ、更に胸元へと舌を這わせ、小さな突起を見つけると音を立てて吸いついた。 「ひゃ、ン」 これまでも何度となく刺激されて来たソコは、触れられただけでも易々を僕を快楽へと誘う。 「ふふ。エっロ」 僕の反応が楽しいのか勇次が笑う。その吐息ですらも僕を刺激した。 指の腹と、厭らしい舌の動きで背中を仰け反らせていると、あっと言う間にズボンと下着を剥ぎ取られ、下半身を露わにさせられる。 自由になった僕の自身は、小さいながらも自己を主張していて、彼からの刺激を待ちわびていた。 元々ノンケだった勇次だが、僕のは本当に可愛らしいらしく(自分で言うのは切ないが)全く気にならないと言って、行為に及んでくれていた。複雑ではあるが、反面良かったと思っている。 そして勇次はいつもするようにソレを口に含んでくれ、激しく上下させる。 「ン!ッあぁン!…は」 息が勝手に上がって行く中、更に秘所にも指を挿入し刺激する。 前と後ろからの快楽に抗えず、僕はいつも呆気なく果ててしまうのだ。 そしてまだ息が上がっている僕に、今度は勇次が自身の高ぶりを鎮めようと、足を割り入って挿入して来る。僕自身もこの瞬間を待ちわびた。 「あ…ふぅ…ン」 毎回この瞬間には慣れない。 何度も繰り返して来ている行為なのに、いつまで経っても僕はこの痺れるような快感を、初めての時のように体中で感じていた。 気持ち良すぎて、本当に意識が飛びそうになる。 でも続けて来る連続した快感に、僕の意識は呼び戻される。 打ち付けられる快感も、厭らしい水音も、勝手に漏れる、お互いの荒い息遣いも 何もかもが、僕をこの場所へ引き留めていた。 * * * * * * * * * そうして僕は今週も、勇次の居ない日々を過ごす。 心が寂しくて、身体も寂しくて、そして疼く。 毎週そうやって過ごして来たのに、今回は何故かいつにも増して、寂しさが募った。 いや、もしかしたらこれは、『虚しい』という感情なのかもしれない。と、ふと思ってしまったが最後、勇次との現実を改めて思い返してしまった。 彼女の話をしなくなった。と思っているのは、多分自分の勝手な希望で、勇次が気を使って話さないでいてくれただけの話で、彼女との関係が続いているからこそ、こうして毎週逢いに行っているんじゃないか。自分も、彼女も休日の、週末に。 そこまで考えて、自分がものすごく自分勝手で、二人にはただ邪魔で迷惑なだけの人間なんじゃないかと思い始めた。 彼女が東京に来られないのも、自分のせいではないのか?勇次の優しさに甘えすぎているんじゃないのか?そもそも、社会人として自立するためにここまで来たのに、誰かに甘えてばかりじゃないのか?『求められている』と思う事で、それを誤魔化して来たんじゃないのか? 急に冷静になり、自分に苛立ちを覚え始める。 「ダメだ。僕」 小さく呟くと、自分の部屋…なんて大層な事は言えない、間借りしていた部屋へ戻り、身支度を整える。勇次が不在で丁度良かった。 もともと少なかった荷物なので、そう時間は掛からなかった。 そうしてノートの切れ端に勇次への謝罪と感謝の言葉と、自立したいという自分の決意とを記した後に、合鍵の戻し場所を書き足すと、リビングのテーブルに置いてそのまま勇次の部屋を後にした。 自分では気付かなかったが、だいぶ長い時間思い悩んでいたようで、彼のマンションを出る頃には、すでに日が昇り始めていた。 その後は不動産屋を数店舗周り、とにかく安い物件を見つけて、契約を済ませた。 新しいアパートはだいぶ古い木造ではあったが、再出発には丁度良いと思った。 勇次が戻る日曜日の夜に何度か電話が掛かって来たが、決心が鈍ってしまうので、その足で携帯は機種変してしまった。 それからは特定の彼を作ることなく、身体が疼く夜だけ一夜限りの相手を見つけ、克哉の事だけは時々思い出しながら、10年を過ごした。 そんなある日、見覚えのある後姿が目に入った。自分でもビックリするくらい、離れた場所で。 考えてみるとあれから15年は経っていた。それでも、一目で“克哉”だと分かった。 心臓が跳ねて、知らず知らずに手が震えている。 15年経っても、こんなに克哉を求めていた自分に動揺しながらも、そっと後を追いかける。 歩く速度を速め、少しずつ距離を縮めながら、本人かどうかを確認する。 間違いない。克哉だ。 一つ深呼吸をして、肩を叩いた。 叩いてから、急に不安に襲われる。 彼は携帯の番号を変えていた。それは僕と縁を切りたかったからじゃないのか?関わりたくなかったからじゃないのか?もしかしたら、顔も見たくないんじゃないのか?そんな事が頭をよぎったがもう遅い。 克哉がゆっくりと振り返る。 「あ、え。…お前…」 かなり驚いた顔をされる。 でも、覚えててくれた… 『お前』って呼び方も変わってない。その事が嬉しくて、つい表情が緩んでしまった。 「久し振り。元気だった?」 「あぁ、お前も…てか、こっち、来てたんだな」 「あ、うん。もう12年になるかな?でも、全然会わなかったね」 あぁいけない…顔が、綻ぶ…克哉と話せるのが、こんなに嬉しいなんて思ってもみなかった… 久し振りに会った克哉は、少し日に焼けて、背も若干伸びていて、昔より筋肉質になったのか、なんだか逞しくなっていて… 良いオトコになっていた。 「12年!?なんだよ、連絡くれれば…」 と言いかけて、ハッとする。 「そ…か。俺、連絡先…」 「いやぁ…うん。良いんだ。元気だったんなら…」 勝手に盛り上がっていた気持ちが、また勝手に沈み出す。 「いや…。いや、違うんだ…。何年か前に連絡しようと思ったら、携帯変わってたみたいで」 そういえば、そんな事もあった。どうやらお互い、タイミングが悪いみたいだ。 「そ…っか。じゃぁ…」 もし、克哉がまだ僕にほんの少しでも気持ちがあるのなら…友達でもなんでも良い。 また、克哉の隣に、居させて欲しい…どうか… 「再会を祝して、今夜あたり…飲みに、行かないか?」 敢えて友達っぽく言ってみた。緊張で、喉が渇く。 「あぁ…。あぁ!行こう!」 思った以上にあっさり承諾され、誘った僕の方がおかしな顔をしていたかもしれない。 「あ。じゃぁこれ!俺の名刺!お前のは?」 「え。あ。えっと、これ!また後で連絡するから!」 お互い妙なテンションでその場は別れ、仕事に戻った。 それから就業までの時間、自分がどんな仕事をしたのか覚えていない。 そしてその夜。 お互いの会社から丁度真ん中あたりの飲み屋で、待ち合わせる事にした。 時間より30分も早く来てしまった僕より、10分早く来ていた克哉が手招きする。 「早すぎ」 笑いながら言う僕に、お前もだろ?なんて言いながら笑顔を見せてくれる。 こんな瞬間が、また訪れるなんて…想像…と言うよりは妄想はしてたけど、現実になるなんて、思いもよらなかった。 でも、克哉はどう思っているのだろう? 聞くのが怖くて、しばらくはお酒を飲んで誤魔化していた。 克哉もそうなのか、お互い酒が進み、他愛もない話を続けていた。 酔いが回って来たのか、ふと克哉の表情が、昔の、僕の知っている克哉に戻った気がした。 「あの頃さ…」 その言葉が魔法のように、僕らをあの頃に戻して行く。 「うん。若かったね、僕達」 グラスの縁を指でなぞりながら、まるでタイムスリップするみたいに思い出に浸って行く。 「あの頃ね」 そして、昔を懐かしむように、懺悔の言葉を紡いだ。 「克哉に嫌われたくないばっかりに、いつも気を張ってて…しかも緊張しまくってて、素直な自分を出せなくて。 …ふふ。本ッ当、ガキだったなぁ‥‥」 情けなくて、克哉の顔を見る事も出来ず、グラスに視線を落としたまま自嘲気味に笑ってしまう。 「俺も」 そんな僕に、克哉が語りかけてくれた。 「あんだけ好きだったのに、自分自身の“好き”って気持ちに押し潰されて、身動き取れなくなってたのかも、しんないな」 思わぬ言葉に驚き、克哉を振り返ってしまう。 今、なんて?ちゃんと好き、って、思っててくれたの?身動き取れなくなるほどに? 信じられなくて、息をするのも忘れていると、克哉が僕を窺うように振り返る。 あぁ…僕はやっぱり、克哉が好きだ。 どうしようもないくらい、克哉だけが好きだ。 そう自覚してしまったら、もう自分を止められなくなっていた。 「今は?」 口が勝手に動く。 「えっ?」 克哉の驚く顔が、ほんの少し赤くなっているのは、お酒のせいだけじゃないと信じたい。 今度は体ごと克哉に向き直り 「今は、もぅ胸を押し潰されるような恋…、 してないの?」 期待を込めて、きちんと聞いてみた。 「…どうかな」 まるで誤魔化すようにそう呟くと、薄暗い店内の片隅だったのを良い事に、口付けしようとそっと顔を近付けられる。 それがもう答えみたいなものだ、と思ったものの、そのまま受け入れてしまうのがなんだか悔しくて、それを交わした。 「まだ、答え聞いてないよ」 ちょっと意地悪してやっても良いよね。こんだけ、待たされたんだから。 本当は、克哉の気持ちも確かめたかった、って言うのもあるけど。 「そういう大志はどうなんだよ、付き合ってる奴とか… 居るのか?」 困らせてやるつもりが、逆に質問されてしまう。 ここで素直に答えてやれるほど、僕には余裕なんか無かった。 「質問を質問で返すな!…ばか」 そう答えるのが精いっぱいで 「バカって…」 言い返そうと開いた克哉の口唇を、自分の口唇で塞いでやった。 懐かしい克哉の匂い。優しい口付け。キスする時に軽く僕の口唇を噛む癖も、全然変わらない。 そうして勝手に懐かしんでいると、今度は克哉の方から僕を抱き締め、舌を差し入れて深く深く口付ける。 「…んッ…」 僕を開発した克哉のする事全部は、簡単に僕を溺れさせる。 15年なんて長い時間すらも飛び越えて、僕達はまた、当たり前の様に寄り添って生きるのだと、妙に確信めいた事を思っていた。 そしてこの後、ラブホに行った事は、言うまでもない。

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