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第3話
結論から言うと、俺はごんとセックスした。
「あの、なつ先輩…実は俺…天使なのです。」
体が漸く動くようになり、ごんにあらん限りの罵声を浴びせた後、ごんの自白に俺は怒りも忘れ呆気にとられる。ベッドに座る俺の前に正座するごんは、そんな俺をおずおずと上目遣いに俺を見る。この期に及んで可愛い子ぶるな!
「は、はは…、何言ってんの?」
俺はもはや若干引き気味になりつつ、ごんに聞き返した。
「ほっ、本当です!」
「いや、嘘だろ。」
「…分かりました。」
俺の呆れた様子を見て、ごんはこくりと一人頷き決心したような顔をする。そして急に力みだした。
「え、ちょと、ごん?なに?トイレ?」
俺は焦る。次は何?しかし次の瞬間、ばさりと音がしたかと思うと、ごんの背中に純白の羽が生えていた。
「…え。」
「先輩と広瀬部長は俺を付け狙っていた悪魔にやられたのです。」
ぽかんとする俺を横に、ごんが説明を始める。要約すると、俺たちの生活圏には僅かながら天使と悪魔が混じって生活をしているらしい。通常は普通の人と見分けがつかないが、それぞれの力を使うと本来の姿に戻るらしい。天使は純白の羽、悪魔は漆黒の羽。天使は黄金の瞳、悪魔は赤い瞳。天使が人助けをして、悪魔は人を誑かしその感情を食い物にしている。当然ながら天使と悪魔の仲は悪く、争いは絶えない。俺はその争いの巻き込み事故にあってしまったようだ。そして瀕死のところをごんに助けてもらった、と。
「天使の精を送り込むと人間の傷を癒せるのです。体液に乗せて送り込むので、ああいう形になりました。ごめんなさい。…あと…、」
「まだあるの⁈」
「はい。重要なことです。天使の精は人間にとっては中毒性が高いものです。今は大丈夫ですが、一定時間が経つと、先輩は死ぬほど俺の精が欲しくなります。」
「え。」
何を言っているのだこいつは?つまり、定期的にセックスしたくなるってこと?
「それに…俺との関係を悪魔に見られたかも知れないので、今後悪魔に付け狙われるかも知れません。」
「えぇ…。」
ごんは申し訳なさそうに話し終え、俺の反応を不安気に伺った。俺は自失茫然となる。当たり前だ…。あんな事を定期的にしたくなる?その上、これから人知を超えた力に命を脅かされる?…はは…まじか。重たい空気が室内に充満していた。
————
「しかしまさに社畜の極みである夏目から呑みに誘われるなんて、珍しいこともあるな!」
「何かあったのか?」
ごんの天使カミングアウトから2週間が経った。今日俺は珍しく自分から招集をかけ、居酒屋で会社で仲が良い同僚と呑んでいた。本当は、悪魔に狙われて危ないからごんから離れるな。出歩くなと言われていたが、正直色々あり過ぎて呑まなきゃメンタルがもたない。
「まぁ…。」
俺は同僚の言葉に曖昧に答え、日本酒をあおる。ごんとはあれから何度かまたセックスをしてしまった。しかも俺が我慢できず、強請ってしまうのだ。自己嫌悪が酷い。
「だってそんな風に日本酒呑むか普通?で?どうしたんだよ?」
一緒に呑んでいた同僚の一人、久世(くぜ)が興味深々といった風に聞いてきた。ちょっと面白がっている節なのが気になるが…。まぁ、所詮、久世はこんな奴だ。
「まー、色々あるんだよ…。いいから何か…楽しい話でもしようぜ!」
聞かれても、ごんとのことなんて人に言えるわけない。そもそも誰が信じるんだ。
「何だそれ。夏目はごんごんと仕事しているんだから、恵まれているじゃん。俺なんて鬼の鬼頭チーフと仕事しているんだぞ!もう…本当…もう…。兎に角、ごんごんとか大当たりだろ!」
久世が口を尖らせた。久世は爽やかで小綺麗にしている見た目の割に、結構遊んでいる。ごんが来ると女子に好評だと、よくごんを誘って合コンを開催している。だからごんとも妙に仲がよい。しかし…お前が羨むごんごんこそ、今の俺の悩みの種なんだよ…。
「そうだぞ、夏目。俺の下なんて、あの佐倉だぞ。あいつ笑顔で毒はくぞ。まった賢いから間違った事しないし隙がないのが、よけい腹立つんだよな。」
そしてもう一人、一緒に呑んでいた戸野(との)も眼鏡の奥の目を鋭くして俺に言葉を投げる。戸野は切れ長の目に涙黒子が男というのに何故か艶っぽい不思議な奴だ。不憫な事に佐倉と組んで仕事をしている。
「はは、佐倉って…上司と同じだな。」
戸野は久世の軽口に睨みで答えた。
「しかし、最近ではごんごん、全然合コンに来てくれないのだけど。夏目、何か聞いてない?」
ぎくり…。
「えー…仕事忙しいからかな…。」
俺は焦りを隠すようにメニューを開きながら曖昧に答えた。
「女だな。」
戸野が眼鏡を押し上げながらさらりと言い切った。お、女……。
「はぁ…ごんごん来ないの困る。ごんごん、イケメンで弁もたつから、女の子うけ半端ないからな。あー、遂に彼女が出来てしまったか。」
久世がかくりと項垂れた。そう。これも俺の悩みだ。俺が思うに、俺がごんの天使の精を欲しがるから、ごんに勘違いをさせてしまっている。最近のごんはセックス中以外も俺とキスをしたがるし、ボディタッチも半端ない。まさに彼女へのそれだ。しかし、利用しているようで本当に申し訳ない事に、俺は男に興味はない。ごんに一度はっきり言ってはみたが、あやふやに笑われるし…。というか、そもそもごんは男が好きなのだろうか?
「ごんって…合コンの女の子とうまくいったりするの?」
「あー…ははっ、時々テイクアウトしているよ。」
俺が戦々恐々と尋ねると、何故かニヤニヤと久世は答えた。良かった!と思う反面、俺は首を傾げた。何をニヤニヤしているのだ、久世。
「ごんごんの女の趣味って、ちょっと独特なんだよ。」
依然としたニヤニヤ顔で久世は続ける。
「兎に角、地味っ子が好きなんだよ!」
「…はぁ…。」
そんな事かよ。久世は派手なの、というか女なら誰でも好きそうだけど俺は別にそんなことでは驚かない。俺も地味な子派だし。
「ごんごんの好みは、ちょっとつり目の黒髪で、真面目そうな子!」
「まるで夏目だな。」
久世の言葉に戸野がさらりと言った。俺はその言葉にぴしりと固まる。
「…。」
「あはは、確かに!似てる!良かったな、夏目!ごんごんの好みだぜ?ははは!」
ぜ、全然笑えない。俺は笑う久世と戸野を前に、顔を引きつらせた。
「久世!俺も合コンに行きたい!」
「え?社畜が珍しい事言うな。じゃぁ、ごんごん連れて来いよ?」
気がつくと俺は久世に縋り付いていた。だって、そんな…そんな事があってたまるか!
「もちろん!ごんにはしっかり客寄せパンダさせるから!」
そしてごんにも、俺が責任を持ってちゃんとした相手を当てがってやろう。このままではごんが余りにも不憫すぎる…。
「そうと決まれば呑むぞ!追加オーダーするぞ!」
「…本当どうしたんだ、夏目…。」
「さぁ?」
俺は言い知れぬ恐怖をから元気で蹴散らす様に呑んだ。
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