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第6話

「うう、腰が…痛い…。」 ごんと電波塔で話してから数日後、オフィスの休憩室で俺は腰をさすり、買ったコーヒーをギクシャクと自販機から拾い上げていた。 「あ、なつ先輩、お疲れさまです。広瀬部長の事びっくりでしたよね?聞きました?」 すると、入ってきた佐倉に突然声をかけられた。 「…あ、うん…。」 俺は広瀬部長と聞いて、思わず浮かない顔で俯いてしまう。しかしそんな俺に構わず佐倉は続けた。 「亡くなった夜の広瀬部長、変な感じだったらしいですよ。」 そう。こんなの、奇妙だ…。 俺が見たあの時、もう既に広瀬部長は事切れていたはずだ。しかしあの後、広瀬部長はなんと自分の足でオフィスに戻り、退勤カードを切り帰宅したらしい。その帰宅途中に広瀬部長は電車に飛び込んだ。結果的に自殺と断定された。 「誰が話しかけても全然反応しなかったらしいです。」 「…。」 「ははっ、それってなんか…悪魔にでも操られていたのかな?」 俺は弾かれたように佐倉を見た。俺と目が合うと、佐倉が口の端を上げて笑う。俺はぶわりと冷や汗が吹き出すのを感じた。 佐倉は、なにを知っている? 「あ」 気がつけば、佐倉は俺の目の前にまで近づいていた。俺を見下ろし、相変わらず口の端を吊り上げ笑っている。俺の反応を佐倉が楽しんでいるのは想像に容易い。 「さ、佐倉は…その…。」 「なつ先輩、俺とも遊んでくださいよ。」 どう切り出すがあぐねていると、佐倉が俺の言葉を遮り話し始める。 「あはは、なつ先輩となら…追いかけっことか、楽しそうかな?」 「え。」 壁際で俺はそれ以上逃げ場もなく、青い顔で佐倉を見上げた。佐倉がそんな俺を見て笑みを深めた。 「なつ先輩、腰、痛いんですか?」 そう言って佐倉は俺の腰に手を伸ばす。俺は大袈裟にビクついてしまい、それを佐倉がふっと笑った。 「可哀想に…。」 「あ、いや、ありがとう…。大丈夫だから。」 俺はやんわりと佐倉の手から逃げた。 「最近のなつ先輩は権野とばっかり連むから、俺、やきもちっすよ。だから、今度は俺と遊びましょう。2人きりで。」 佐倉は「2人きり」と強調してニヤリと目を細める。 「ふふ、なつ先輩が気になっている事、俺から聞けるかも知れませんよ。なつ先輩の頑張り次第では。」 「な、何言って…。」 それは、やはり佐倉が悪魔ということなのか? 俺は佐倉とその日の夜、会社前の公園で会う約束をした。ごんにも、誰にも、この話をしないとも約束させられた。 _______________ 夜の公園は何処となく不気味だ。それは、待っている相手が広瀬部長を殺した悪魔かも知れないからか。でもこれで1つ真相に近づけば、ごんと俺の葛藤も少しは和らぐはずだ。 「しかし、佐倉遅いなぁ。」 待ち合わせの時間を5分程過ぎても佐倉は来ない。 「…。」 公園はシンッと静まり返っており、薄暗い。バサササッ 「!」 そんな中聞こえた羽音に、俺はびくりと振り返る。気のせいか。鳥かな…。 「もう、帰…!」 ドッ 帰ろうと立ち上がろうとしたところで、足に鋭い痛みが走った。 「⁉いっ、」 痛い!何だ⁈ 軽くパニック状態になり、自分の足を触るとぬるりと生暖かい血が垂れている。この痛みには、覚えがある。 「はぁっ、嘘…!」 恐る恐る後ろを振り返ると、茂みの奥でゆらりと暗い影が揺れた。 「‼︎」 俺はとっさにはってその場から逃げようとするが、恐慌状態で手足がうまく動かせない。その影はゆっくりゆっくりと、一歩、また一歩こちらに近づいてくる。 「あ、まっ、まて…、まて…‼」 影が手を振り上げたのが目の端に見えた。影の手元に光が集まり、まるで槍のような形を作る。 殺されるっ‼ 「うわぁぁっっ‼」 「なつ先輩!」 「!」 俺が頭を抱えて呼んだ瞬間、俺に影が覆いかぶさってきた。ごんだ。 「ごんっ!ごんっ、俺、あ、あいつがっっ!!」 「なつ先輩っ、落ち着いて!」 「で、でもっ!…ふっ」 「っ、待てっ‼なつ先輩はここにいて下さい‼」 ごんが影に向かって飛びかかろうと立ち上がる。すると影は暗闇の中に飛び去って行った。

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