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第7話
「なつ先輩、血は止まりましたが…痛みはどうですか?まだ痛みます?」
「ああ…。」
家のソファに座った俺の肩を抱き、ごんが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。幸い俺の傷は浅く、ごんに口移しで天使の精をもらうと直ぐに血は止まった。
「そうですか…。」
そう言ってごんは俺の傷口をまじまじと見つめて触った。
「傷は塞がっています。恐らく体が治っても、感覚が追い付かないことがあるみたいなので、それかな…。念のためもっと精をあげますね。」
「…あ、いや。塞がっているなら大丈夫だ。ごん、ありがとう。今日はこれで十分だから。」
俺は息を吐いて、目をつぶった。整理したい。
今日のあれはやっぱり佐倉なのか。きっとそうだ。ならば何故、俺を殺そうとするのか。ごんに相談するべきか…。
「なつ先輩、本当に?もう大丈夫ですか?」
「あ、うん。ごめん。ぼーっとして。」
ごんが探るように俺の顔を見つめる。
でも未確定な話をして、無駄に状況を混乱させてしまわないだろうか。まずは明日、佐倉にもう一度話をしよう。
「なつ先輩、何を考えています?」
「え?いや…。」
ごんが疑うような視線を俺に向けるので、何故か俺は少し焦った。
「そうですが…。なつ先輩…また流し込んであげます。」
「えっ⁉もう、大丈夫だって…。」
ごんが俺の体をソファに倒しながら囁く。その声か感情は読み取れないが、何処と無く不機嫌だ。
「そんなはずないです。」
「そ…っ!」
俺の返答を待たずにごんがキスをしてくる。その甘さに、頭がじぃんと麻痺していく。
「なつ先輩…分りました?」
え?なにが?
そして、唇を離したごんが俺の顔を覗き込み尋ねる。
「なつ先輩が、俺と離れるからです。だから、痛い思いしちゃうんですよ。なつ先輩は、もう俺と離れたらダメなんです。ずっと、だめなんですよ。」
ごんは覆いかぶさり俺の服をまくり上げながら、しかしじっとりと俺を見据えて話した。
なんの話だ?なんだ、この違和感は…。
「そんなの、この先一生、だめなんです。まぁ…なつ先輩が何処で、誰と、何をしていても、俺はなつ先輩を見つけますけど。それに、」
そう言うと、ごんは身をかがめて俺に顔を寄せた。
「先輩は痛いのより、気持ち良い方が好きでしょ?」
「…!」
やけにねっとりとした調子で、言い聞かせるようにごんが言った。暗く笑うその瞳の暗さに、俺は息をのんだ。
「…んっ。」
「先輩、ほら、気持ちいですよね。ほら…。気持ち良い…。きもちー…、きもちー…。」
ごんは右手で俺のものを刺激しながら、ぐちゃりと俺の耳を舐めた。動けず震える。胸中を占めるのは、快楽よりも言い知れぬ恐怖が大きかった。
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昨日は散々だった。ごんにまた精気を送ってもらい助かったが、ごんが口をすっぱくして1人で行動するなと言っていた意味がやっと分かった気がする。身の危険を痛感した。
「はぁ…。」
コピー用紙を取りに来た資料室で1人、ため息をつく。あの精を送る行為は、回数を重ねる程に激しさを増している気がする。
ごん…豹変しすぎだろ、変態…。
「先、輩。」
「!」
ガシャンッ
俺は後ろからの声に驚き、背中を鉄のラックにぶつけて振り返った。
「あはっ、そんなに驚きます?」
にぃっと、笑う佐倉がそこにいた。
「先輩、昨日は遅れてごめんなさい。俺、遅れたけどあの場所へ行ったんですよ。だけど先輩がもう帰った後でした。」
佐倉は謝罪の言葉を述べている割に、その顔は笑っていた。
「残念。」
「…佐倉…お前、俺を殺したいのか?」
「え?はははっ、そんな事したくないですよ。飼い殺したくはあります。」
佐倉がにっこりと、なにを言っているのですかと笑った。
お前がなに言っているのだ。
「佐倉は本当、悪魔みたいだな。」
俺の発言に、佐倉は一瞬固まった。
「ぷっ、ははははっ!かまかけているつもりですか?」
「笑えねーよ。」
しかし次の瞬間には吹き出し笑う。俺はそんな佐倉を、睨みつけた。
佐倉の返答はもはや答えだ。
「ふふっ、いえ、俺は天使ですよ。」
はぁ?
そう言う割に、口の端を歪めた笑いは悪魔よろしくしている。俺は佐倉のその返事に眉を寄せた。
「すんなり天使というあたり、天使か悪魔のどちらかである事は確かなのだろうけど…本当かよ。お前はどちらかと言うと悪魔っぽいぞ。」
「えー、信用がないなぁ。あ、俺も白い羽出せますよ?でもここ狭いからなぁ。仕方ない…。」
仕方ないって?え?デジャブ?
嫌な予感がした瞬間だった。
「ふっ…!」
佐倉は俺の顔を押さえ強引にキスをしてきた。思わず引いた俺の後頭部を、佐倉が抑え込む。その味はごんと同じ。甘い。どんどん求めてしまう。
「ふっ、先輩、うっとりしちゃいましたね?」
漸く俺から唇を離した佐倉がにやりと笑う。
「美味しいでしょ。天使の精。」
「ふっ…。はぁ…。」
「ははっ、なつ先輩の方が美味しそう…。はぁ〜、持って帰りたい。持って帰って、どろどろの中毒にして、飼い慣らしたいなぁ…おねだりもいっぱいさせて…。」
佐倉が恍惚と恐ろしい事を言う。え?お前、俺の事をなんだと思っているんだ?
「もっ、やめろっっ!」
「ふっ、なつ先輩、顔が真っ赤ですよ。」
俺が慌てて身を引くが、依然として佐倉はニヤニヤ笑う。
馬鹿にしやがって…。
「でも、本物の悪魔とセックスは絶対にしない方が良いですよ。悪魔は対象者の心が無防備になった時、例えば性行為中やキスをしている時、弱っている時に悪魔の瘴気を流し込みます。瘴気に深く浸食されると感覚が乗っ取られ、身体の動き、仕舞いには心も乗っ取られます。心を乗っ取られたら最後、良からぬ思想も埋め込まれます。」
「良からぬ思考?」
急に真面目に話しだす佐倉に俺はつられて真面目に聞き入り、首を傾げる。
「はい。例えば…好きでも何でもない人が、愛しくて愛しくて堪らなくなってしまう思い、とか。」
何だそれ…?
いや、そもそも俺は悪魔に何度も殺されかけている。セックスなんてやる事ないだろうが、怖い話だ。
「そうか…。ところで佐倉、悪魔と天使はどう違うんだ?」
「はぁ、本当に俺の言った注意を分かっています…?まぁ、天使も悪魔も人間の思う姿とほぼ同じです。天使は白い羽に黄金の目、悪魔は黒い羽に赤い目。もっと言うと、天使は人に天使の精を与えて助けますが、悪魔は瘴気を流し込みいい様に操ります。」
なるほど。ごんの言っている事と差がない。二人とも正直に話しているのだろう。
「ちなみに…佐倉、ごんのことは…。」
「ああ、はいはい。天使ですよね?あんな分かりやすい天使も珍しいですよね。…不自然なくらいですよね。」
「…そうだな。」
良かった。
やっぱりごんは、ちゃんと天使らしい。少し…含みのある言い方が気にはなるが。
「……悪魔が…その…悪魔が天使に化けたり出来るのか?例えば、羽を白くしたり、天使の精を相手に与えたりとか…。」
「なつ先輩、俺を悪魔だと疑っているのですか?」
佐倉は俺の質問に笑いながら質問で返す。
「いや、そういう訳ではないけどさ。」
正直、100%天使と信じた訳でもない。そのため、思わずぎくりと身動ぐ。
「そんな事出来ませんよ?天使や悪魔も、そこまでチートでは無いです。ただ、人間に羽が生えたようなものですし。」
「そうか。」
ならば…しかし何故こんなにも違和感があるのだろう?
俺は自分の中のモヤモヤとした気持ちを無視できなかった。やはり、自分でも情報を集めて判断したい。
「佐倉、お前らはどうやって悪魔を判別しているんだ?」
「そうですね。悪魔って…どんなに上手く人間のフリをしていても結局悪魔なんですよね。狡くて、嘘つき。そいつの雰囲気や性格で大体分かります。後は、天使の感?みたいな…ははっ。」
「何だそれ…不確定だなぁ。もっと、ぱっと分かる外見的な特徴は無いのか?」
思いの外、適当過ぎないか?佐倉だからか?
俺にも確認出来る方法が知りたくて、俺は佐倉に尚も食いつく。
「んー、あとは…ああ。悪魔は、星型のアザがあります。」
「アザ?」
「そうです。まぁ、星型って言ってもスタンプみたいにハッキリしていないし、大体の悪魔はその痣を隠そうとしています。そもそも身体のどこに有るかも分からない。だから天使はそんなモノより、自分の勘を信じます。」
「なるほど。」
でも、何とか見つければ、こっちの方こそ確実だ。1人頷く俺を、気づけば佐倉はじっと見つめていた。
「何だ?どうかしたか?」
「…人間も、自分の勘を信じて下さい。騙されないで下さい。」
「?あぁ、分かった。」
俺は今一つ判然としない佐倉の言葉に曖昧な顔で頷いた。
まぁ、兎に角、何となく次のアクションは見えた。
「ありがとうな、佐倉。」
「なつ先輩。」
出て行こうとした俺の腕を佐倉が引いて止める。
何だ?
「俺は、権野が嫌いです。信用していません。ここで話した事、権野には言わないでください。」
おぉ…。そんなハッキリ言うか…。俺自身、まず自分で考えたいので言うつもりもなかったが、こうもハッキリ言われるとびっくりしてしまう。
「分かった。」
「先輩。」
頷き動こうとするが、佐倉はまだ俺を離していなかった。
「権野は、やめた方がいいですよ。」
佐倉はやけに真剣な顔をして言った。しかし次の瞬間は「代わりに俺はどうですか?」と笑ってまたキスをしてくる。
佐倉は本当に…雲見たいな奴だ。どこまでが嘘で、どこまでが本当なのか…。結局は自分で考える必要があるって事か。
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