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第11話

「あれ、夏目、温泉まだだったんだ?」 「うん。食後に入ろうかなと。人が減った方がゆっくりと入れるし。」 遊園地からホテルへ移動し食堂でそれぞれに夕食をとっている時、戸野が俺を見つけて近寄ってきた。 「そっか。久世も鬼頭チーフに呼び出されて全然帰って来ないし、夏目と合流できて良かったと思ったのに、また風呂に行っちゃうのか。」 戸野が「つまらない。」と、食事を口へ運びながらため息を吐いた。 ごめんな、戸野。 俺は佐倉のカミングアウト以来ずっとソワソワしっぱなしだった。戸野にも、上手いこと言葉を返せない。 …でも佐倉が俺を好いてくれているならば、殺そうとするはずはないよな?と、いうことは、佐倉はやっぱり本当に天使だよな? 「あ、いたいた!おーい!久世!」 「ああ…。戸野に夏目…、お疲れ。」 何処となくげっそりとした久世がよろよろと食堂に現れた。 「お前はなんで、そんなボロ雑巾みたいになってんだよ。」 戸野が不可解だと眉間にシワを寄せるが、久世は珍しく口数少なく、もそもそとただ食事をしていた。 皆それぞれ、色々な事情があるんだろうな…。 食後俺は2人と別れ温泉に向かった。出来れば自然に人の肌を見られる温泉で、星型あざのチェックをしたかった。しかし、俺の体はごんのつけた後だらけだ。残念な事に、とても人前に出れる体ではない。 俺は脱衣所、浴室内に人気がない事を、確認してささっと入り、これまたささっと体を洗って露天風呂へ向かった。 「げ、誰かいる…。」 外は暗いし、露天風呂は湯気がたち多分肌は見えないだろうが…やっぱり諦めるか。 「おい。別に遠慮しなくていいぞ。」 「あ、」 俺が踵を返そうとすると、露天風呂の先客から声がかかった。 「し、失礼します〜。」 俺はおずおずと露天風呂に戻る。 「あぁ、なんだ、お前あれか、久世とよく居る…、」 「夏目です。」 露天風呂に我が物顔でどかりと座っていた先客は久世の上司の鬼頭チーフだった。鬼頭チーフはきつく吊り上がった鋭いアーモンド型の目が印象的な人だ。粗野っぽい雰囲気もあるが顔は上品に整っており、近寄りがたい冷たさが漂う。それにつけて仕事がかなり出来、異例の速さで出世しているものだから、側に居るだけで緊張してしまう。 威圧感に押しつぶされそう…。 「…。」 「…。」 温泉にいるのに、鬼頭チーフの威圧感に押されて居心地が宜しくない。何故か肩が凝る。俺はチラリと鬼頭チーフをみた。 あ、あれ?肩に、アザが見えるような…?星形? 「なんだ。」 「あ、いえ、すみません…。」 つい見入ってしまった。鬼頭チーフに気づかれ声をかけられる。 「…そういえば夏目って、権野と仲が良いよな。」 「ええ、まぁ…。一緒のプロジェクトを担当していますし。」 後ろめたいものがある俺は一瞬ギクリとしてしまった。それをみて、鬼頭チーフは懐疑的に目を細め、口元に笑みを浮かべる。叱らぬ下衆びた笑みだ。 「ははっ、お前ら出来ているのか?」 「え⁈な、なに?いえいえ!そんな事、ないです!全く、全然、ないです!」 俺はワタワタと否定する。しかし否定すればする程肯定するようで、冷静になれと自分に言うが止まらない。 「へぇー、権野が遂にねぇ…。」 「え?」 なんだ、その知ったような物言いは。 「あの、鬼頭チーフは権野と知り合いですか?」 俺の言葉に、鬼頭チーフはニタリと悪役よろしく笑う。 「…あ、悪魔みたいな笑顔ですね。」 直感的にそう思った。鬼頭チーフとごん、2人の繋がりはきっとこれだ。 「…ぶっ、はははっ!お前、鎌掛けんの下手くそか!」 「っ!」 しかしただ鬼頭チーフに大笑いされるだけだった。俺は顔を赤くした。前回の佐倉と言い、俺ってダメだな。 「で?夏目、お前は俺になんで言って欲しいんだ?」 「え?それは…。」 「俺は天使だ。お前に危害を加えない。絶対にだ。」 俺が言い淀んでいると、鬼頭チーフが優しい声色でそう言った。 「あ、そ…、」 「って、言って欲しいんだろ?」 「!」 しかしその次の言葉は俺の意表を突くもので、思わず俺が目を丸くして鬼頭チーフを見つめると、鬼頭チーフは面白くてしかたないという風に豪快に笑う。 「ははっ、もし仮に俺が悪魔だったとして、自己申告すると思うか?もっと言えば、天使だ悪魔だとお前らはやたらに区別したがるが、どっちもそう変わらないから。な?」 鬼頭チーフに笑われ、俺はムッとすると同時に、確かにそうだと納得もしていた。あなたは悪魔ですか?なんて、聞いてまわる方が間が抜けている。 「はははっ、しかし夏目、お前案外良い顔するな?」 ざばりっと湯から体を上げ、鬼頭チーフがざぶざぶと近寄ってくる。 「え、あのっ…!」 なんだと思った時には、俺は腕を捻り上がりあれ、露天風呂の壁に後ろから押さえ込まれた。鬼頭チーフは片手で俺を抑え、もう片方の手で俺の後頭部の髪を掴み強引に引いた。 「あ゛っ!」 頭皮も首も全部痛い…。 「夏目、俺は間抜けな顔する人間、結構好きなんだよ。愚かしくて、脆い人間を飼って、めちゃくちゃに弄んでギリギリな所まで追い立てる。そんで、ひぃひぃ泣いている人間を見下ろす。それが凄く興奮するんだよ。な?分かるか?」 「ぐっ!」 「夏目が天使がどうのと関係者ぶるなら、もういいよな?」 え?何がですか? 鬼頭チーフが耳元で言った言葉に俺は戸惑った。兎に角、天使か悪魔かははっきりしないが、鬼頭チーフがやばい奴だと言う事は分かった。身を捩ると、仕置きとでも言うように髪を握る更に手に力を入れられた。 「今1匹飼っていて、そいつを中々気に入っているのだが…まぁ、たまには夏目とも一緒に遊んでやろうか?…あぁでも、夏目は権野のものか。つか…ははっ、よく見たらお前、権野のつけた跡だらけだな。ここで俺が相手して、派手に跡付けてやろうか?そしたら、後でご主人様にいっぱいお仕置きしてもらえるぞ?」 く、狂っている!頭おかしい! 鬼頭チーフが至極楽しそうにいう言葉に俺は戦慄した。そして理解する。鬼頭チーフは、人間を家畜や何かと同等だと思って扱っている。 「ち、違います…。離してくださいっ!権野と俺は、そう言うのでは無いです!」 「…へぇ、そうなのか?権野もまだまだ甘いな…。今度、ペットの躾方でも教えてやるか…。」 鬼頭チーフは意外そうな声を上げた。 いやいや、もう全体的に話が分からない。ごんは、こいつといったいどういう仲なのだ⁈ 「と、兎に角、離してください…!いきなり悪魔や何や言ってしまったのは、俺が不躾でした。謝りますっ!すみませんでした!」 「ふーん…。ははっ、夏目はうちの犬よりかは賢そうだな。権野の事もあるし、今回は見逃してやるか。」 言うや否や、鬼頭チーフはぱっと手を離した。 「ぶっ!」 足がふらつくくらいに締め上げられていたものだから俺は転けそうになる。しかしなんとか踏みとどまった。 「…はぁっ…き、鬼頭チーフは、権野とどんな仲なのですか?」 「なんだっていいだろ。それとも、夏目は彼氏の事は全部把握したいなのかな?」 鬼頭チーフは俺を鼻で笑いあしらう。 ダメだな。やっぱり、この人には敵わない。どんな話もはぐらかされて、遊ばれて終わりそうだ。 「一個だけ、面白いアドバイスしてやろうか?」 諦めた俺がすごすごとその場を去ろうとした時、鬼頭チーフが声をかけてきた。 「え?な、何ですか?」 鬼頭チーフは露天風呂のヘリに腰掛けニヤニヤと続けた。この人の話なんて、聴けば聴くほど混乱しそうだが、俺さどんな情報でも欲しかった。俺は恐る恐る尋ねる。 「夏目、悪魔を見つけたいなら、もっと権野を調べあげろよ。」 「え。」 それは、ごんが悪魔だと言いたいのか? 「でも、権野は…違いますよ。毎回危ない時には助けてくれますし…。」 「ははっ。なるほどねぇ〜。だけどな夏目、定石だろ?データ分析する時は、自分の希望を分析値に入れてはいけない。」 「…。」 流石に俺は黙り込む。 鬼頭チーフの言う通りだ。俺が佐倉庇うのも、ごんを庇うのも同じ理由。俺がそう思いたいから。どちらも潔白である事が俺の希望だから。 「それにな、俺は思うんだが、毎回助けてくれるって…そのヒーロー怪しくないか?何処でどんな事件が起こるのか知っていれば、そりゃヒーローになることなんて容易いよな?」 「っ!」 電波塔で見た、ごんの赤い双眼。こびりついて離れない。その姿を思い出して、俺は呆然とした。そんな俺を見て、鬼頭チーフはニタリと口に弧を描く。

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