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第15話
「なつ先輩!」
外で佐倉が叫ぶと同時に、耳元でヒュッと音が鳴った。瞬間、にゃん吉を抱いた佐倉が吹き飛ぶ。
「…。」
「なつ先輩、俺を騙したんですか?」
ごんだ。泥酔していたはずのごんがいた。俺の後ろにぴたりとくっついたまま、ガチャリとドアを閉め施錠する。
「ご、ごん…。…え?あ、お前…その目…。」
ごんの目。動かない身体を酷使して肩口から見えたその瞳。それは真っ赤な瞳だった。
「ははっ、悪魔ではないですよ。」
「でも目が…。」
「あぁ、悪魔の方の力を使う時、気を抜くとつい赤くなっちゃうんですよね…。」
ごんがそう言い、何度か瞬きする間にまた瞳の色が金色に戻る。
なんだよ、どっちなんだ⁈ごんには天使の羽がある。悪魔の瞳もある。なんで?
「どうかなと思って酔ったフリをしただけなのに、酷いじゃないですか。」
ごんはぴったりと俺にくっついて抱きしめ、場違いな程甘い声で言った。
どういう事だ?
「ごん…お前が悪魔なのか?」
「ははっ、違いますよ。人間の言葉で言うと、堕天使ってやつ?」
なんだって?
俺はごんのイレギュラーな回答に固まるが、当の本人はクスクス笑うだけだ。俺の混乱を他所にごんは俺の耳裏に鼻を寄せすりすりとすり寄せる。動物のマーキングの様だ。
「悪魔は人を惑わすって言うでしょ?あながち間違ってないんです。悪魔の瘴気を、長ーく、濃密に与えるられた相手は、悪魔に感覚、その他諸々、乗っ取られちゃうんですよ。」
「…ふっ」
それは、佐倉が言っていた話か?
ごんが俺の体と首を後ろから押さえて、ざりっと俺の首筋を舐めた。
「こんな風に…。」
同時にごんは手を滑らせ俺の腰から内腿へ移動する。俺その感覚にびくりと体を硬らせる。確かに…、俺の意思で動けない。無意識下の反射でしか、俺は動けず人形の様にその場で固まる。
「なんで、こんな事…。」
もしかして、元より探す悪魔なんていなかったのか?
「本当は、隷属させるのではなくて、もっと優しく、綺麗な形で先輩と恋に落ちたかったんです。」
ごんはちゅっと、俺の頬にキスをした。れ、隷属って…。
「でも、あいつ、先輩をいつもろくでもない所に連れ回す、広瀬。広瀬をやる時になつ先輩に見つかって、なつ先輩は凄く俺に怯えていた。それで気づいたんです。もう、俺は綺麗じゃない。なら、どうやっても一緒だって。」
なんて事だ。やっぱり、俺を最初に殺しかけたのもごんだったのか。
「それで次はなつ先輩を天使の精中毒にして穏便に進めようとしたのに、佐倉が邪魔をするし…」
ごんがため息をつく声が聞こえた。
「俺はずっと前から、なつ先輩だけを探して、やっと見つけてもう離れたくないのに…。なつ先輩は俺と離れても良いって言うし。それで唯でさえ苛々していたのに、挙句なつ先輩は俺のことを無視して、知らない女に俺を渡そうとするし。」
「…っ、」
「ちょっと、本気で怒りましたよ。」
ごんが声を低くする。そして俺の内腿を撫でる手がスルスルと下腹部に移動してくる。ごんに触れられる。その感覚に半ば条件反射で、快感がせり上がってくる。
「…でも…はぁ…。こんな隷属させるなんて…下策だ。」
しかしごんは急にため息混じりにそう呟き、手を止め俺の項にキスを落とした。
あ、もしかして、ごん、やっといつものごんに戻った?
気づけば俺の体も自由に動く。俺は期待を込めて振り返りごんを見上げた。
「でも、もう、いっかな…。」
…え?
しかし俺の期待に反して、ごんの漏らす声は冷たい。声同様、ごんは暗く淀んだ瞳で俺を見下ろす。
「また無くしてしまったら、意味がないし。大体、次に捕まえたら、繋いで、こうするって決めていたし。」
「んっ、…っやめっ、」
「初志貫徹ですね。」
「抵抗なんて、だめな子ですね、なつ先輩。俺はなつ先輩を操作なんてせずに、自然な形で愛し合いたいのに…。」
「ご…「まっ、もうここまでしたら仕方ないかな。うん。」」
「⁈」
「よし!仕切り直しましょう!」
ごんが急に気味が悪いほど明るい声でそういい、俺の体を解放した。怖い。表情がころころ変わるごんが不気味だ。
「隷属契約も結べた事ですし、まずはそうだな…なつ先輩、お手。」
ごんがそう言って俺の前に掌を差し出した。
次はなんだよ?
「……っ。」
戸惑っていると、ごんの目が赤く光り俺の体が勝手に動く。何とか踏ん張ろうとするのに、操り人形になったかの様な不思議な感覚で、俺はごんの前に跪く。そして犬のお手よろしく、ぽんっとごんの手に自分の掌を重ねた。
「ふふ、どうです?俺はこれからなつ先輩を自由に操って、色々させられるなんて最高に興奮しますけど…なつ先輩はどうですかね?」
ごんが笑いながら無邪気にはしゃぐ。俺はそんなごんを睨み上げた。
「お前、本当にいい加減にしろっ!」
なんで、こんなこと…。
鬼頭チーフの言っていた『人間を飼う』。お前も結局はそっち側なのか?
「…なつ先輩ぃ〜、俺、今はちょーっと怒っていて、その上、酷くするのも割と好きですよ?」
ごんが含み笑いで、しかしその瞳に怒りを見せ俺に手を伸ばしてくる。
「あっ」
俺は慌ててごんの手を避けるが、ろくに動けもせずあっさりと捕まる。ごんは俺を無理矢理立たせ拘束する。
「もう逃げられませんよ。アイツも、もう来られないし。」
アイツって、佐倉か…。
「さて、それではなつ先輩…いっぱい我慢するのと、いっぱい気持ちいいの、どっちがいいですか?」
は?なに言って…。
一瞬ごんの言葉が理解できなかった。しかしごんの手がまた俺の体を嫌らしく撫でるので、嫌でもその意味を理解して思わず震える。
「はは…どっちもですか?」
顔に青筋を立てる俺を見て、ごんは愉悦の表情すら浮かべて笑う。
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