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第22話

「別に、何も…。」 「3」 「あ、待ってっ!もうそれ、無理っ!」  今の状態でさえ辛いのに…。俺はこの上の快楽を恐れた。俺の様子をみて、ごんが唇を尖らせた。 「…嫌なら言ってくださいよ。佐倉と結託してまた俺から逃げようとしていそうで、ちょっと頭にきますよ。」 「今ならまだ許してあげますから。」ごんは優し気に微笑む。気持ちが揺らぐが… 「なにも…っ、ない…」 でも言って終えば永遠にここから逃げられない。ごんは俺の回答に片眉を上げた。 「2」 そして再び再びカウントする。 「だから、違っ!」 「1」 パチンっ 「ふっっ‼︎」 どろりと果てる。俺はどこも触られていないにもかかわらず、息をつめ都精した。 「あ、ご、…。」 どうしよう。怖い。 赤い目でこちらを見下ろすごんが、凄く大きく見えた。勝てる気がしない。でもここで負けたら、この先ずっとこんな事を続けるんだ。それこそ地獄のように感じる。俺は開きかけた口をきゅっと真一文に閉じた。それを見て、ごんが不満気に目を細めた。 「…ふーん。そうですか。」 冷めた声だ。静かな怒りが伝わってきて恐ろしい。 踏ん張るんだ、俺。なんとかごんの隙をつくんだ、ごんだって、流石に疲れてくる筈だ。 「え、ごん、なに…。」 下の方でごそごそとしていたごんが、俺の問いかけににっこりと笑顔で答える。ぴたりと下の入り口に当てられた、熱。 「何って、」 「ふぁっ!」 「さっきなつ先輩が欲しがったやつですよ?なつ先輩が欲しいと言うなら、幾らでもあげますよ。」 「え。あ、まって!俺、はぁっ、ふっ、こんな、状態で、むっ…〜〜〜〜っ‼︎」 ブシャリッ ごんは俺の言葉を待たずに、強引に俺の中に押し込む。俺は衝撃にのけ反り、派手に絶頂する。もはや精液か潮なのか、下半身がガクガクと尋常じゃなく震えた。 「あっ、あ゛っ‼︎〜〜っ!ふっぐぁっっっ!」 「はぁっ、ははっ…すっごい締め付け。」 ごんは笑いながら当たり前の様に、ガツガツと律動を始める。 「じゃ、もう一回。言うまでやめませんよ?」 「え⁈」 「3」 「あっ、無理っ⁈」 「大丈夫、大丈夫。鬼頭さんは、最高5回やったって言ってました。流石に5回目はヤバかったらしいですけど…。3回位なら余裕、余裕。」 ごんは無邪気に歯を見せ笑った。 「2」 「ふっ、あぐっ…〜!」 「1」 パチンッ ごんが冷たくカウントをして、指を鳴らした。許容量を超える快感に、脳が白くすり切れる。 これじゃ、反撃とか…無理だ。 その日ごんはたがが外れように、俺をぼろぼろにした。ごんは俺が逃げるからと言って、最後は俺に無理矢理自慰を幾度も強いた。体力よりもメンタルがボロボロだ。 「…。」 ごんがその行為をやめたのは、日が落ちきった頃だった。ごんが俺を後ろから抱きしめ寝ているため、耳元からすーすーと寝息がする。俺はもうどこも動かす気力がなく、ただ薄暗い部屋でごんの拘束を甘受した。泣きすぎた目元がカピカピする…。数回目を瞬かせ、俺はため息を吐いた。 なんで、こんな事…。 脳裏に浮かぶ、笑顔のごん、赤い目のごん、怒られてしゅんとするごん、仄暗い笑顔を浮かべるごん。ぐるぐると色々なごんが駆け巡る。頭の中がぐちゃぐちゃで、辛い。だけどきっとこれから俺は自我もなく、最後は俺でなくなる。もう既にそうなっているのかも知れない。それが堪らなく怖い。 「……先輩、泣いているんですか?」 いつの間にか起きていたのか。ごんが後から俺に声をかける。その声からはあまり感情が読めない。 「…泣いてなんか、ない。……ごん…なんでだよ…。なんで…こう、なっちゃったんだよ…。」 「…。」 情けない事に声が震える。 こんな事になる前はごんを可愛いと思っていた。恋愛対象としてではなくても、好きだった。 「……………先輩は…悲しいの?」 「………………怖い。」 部屋がいつもより暗く感じて、俺はそう呟く。 正直なところ今の感情はぐちゃぐちゃで、なんと表現すれば良いのか曖昧だ。だから半ば投げやりに答えた。ごんは何も言わず黙り込む。 「……俺…先輩を探していた間…ずっと…俺は、ずっと先輩に会いたくて…堪らなく会いたくて…目を閉じて、先輩の事思い出すしか会う術もなくて、それが辛くて、寂しかった。」 ごんが辛そうに、ぽつりぽつり、途切れ途切れに話し始める。 「だから、あんな、虚像としか会えない日々…もう嫌なんです…。」 辛そうな声。それはこの歪んだ関係が始まった最初の夜、ごんが何度も「ごめんなさい」と俺に言っていた声と同じだった。今思えば、あのごめんなさいには、色々な深い意味が込められていたんだろう。 「…それは、今とどう違うんだよ。都合よく操られて言う事を聞く俺こそ、お前の虚像だろ。」 「…。」 今の俺だって、ある種の虚像だろ? ごんは俺の意思を無視して、自分が見たい都合の良い俺だけをみている。それは俺であって、俺でない。 「無理矢理、俺をコントロールして…それはもう俺じゃない。」 ごんだって、本当は気付いているんだろう。再び押し黙る。 「……また先輩に会えなくなるのが怖いんです…。俺は先輩が…好きなんです…。愛しているんです。……ごめんなさい…。」 ごんが俺をぎゅっと抱き寄せる。愛しているとか言った後に、謝るなよ…。 胸がつきりと痛み、きっと迷子の子供みたいな、弱々しく不安気な顔をしたごんが脳裏に浮かぶ。 「…あんな悪行をやってのけた後で、お前まで泣くなよ。」 今度はごんが泣いている。 俺はため息混じりに呟き、ぐるりとごんに向き合うとごんの頭を撫でた。ごんの茶色の目が、湿っぽく弱々しい。 「…先輩、許して……。お願いします…。俺を、愛して…下さい。俺を愛して…お願い……。側にいて、愛して下さい……お願い…。お願い、愛して……。」 もはやそれは懇願だった。 ぐずぐず泣くごんに、都合がいいなと冷静に思うのに、嫌悪感が湧かない。酷い事をされるのに、嫌いになれない。寧ろ、嫌いになりたくなくて、酷いことを辞めて欲しいとすら思ってしまう。 「……無茶言うなよ…。」 「…ふっ…っ。」 でもそれが愛かは分からない。多分、まだ違う。俺にとって、ごんはまだよく分からない存在だ。俺の言葉に、ごんは更に泣いた。 「…どうすれば良いのか、分からないんです…。先輩がいつのまにか俺の一部になっていて…離し難くて…、離れてしまうのが怖い。」 「…。」 なんと言えば良いのだろう。天使も悪魔も人の感情を弄ぶ割に、いやそれ故にかもしれないが、感情というものに疎い気がする。感情の前では、大層な力はなんの意味もなく、ただの人と成り果てる。 「…まず、佐倉ともちゃんと話して、お前自身の問題を解決しろよ。堕天だとか、なんだとかさ。」 佐倉は意外なことに、きっとまともな奴だ。そしてごんの事を本気で考えてくれている。その佐倉が堕天使である事を咎めるなら、それは良くない事なのだろう。 「それが解決したら、今度は、お前の仕事以外の面も俺に見せてくれよ。」 「…。」 ごんは俺の意図を探るように、じっとこちらを見た。その目は赤くなく、黄金でもなく、ただの茶色だ。これはごんだ。 「俺にとってお前は、人懐っこくて、人誑しで、だけど案外細かくて、へらへらしているがきちんと仕事をこなす奴だった。」 「…。」 「だけど、実のところ、お前はそれ以外に、堕天していたり、数世紀に渡るストーカーだったり、夜は意味わからんドSの変態だったりするだろ。きっとそれ以外にもある、そういう本当のお前も俺に見せて、教えてくれよ。」 俺が知っていたごんは氷山の一角だった。もっと知って、俺は俺のごんに対する感情を解明したい。 「…ふふ、実のところ後の俺って、やばい奴ですね。」 「ふっ、実際やばい奴だろ。」 ごんが破顔一笑する。俺もつられてと笑ってしまった。 「でもきっと、もっと違った良い面もあるんだろ。」 「……だといいな。」 ごんが笑って漏らす。本当は、こんな酷い事されても一緒に笑っている時点で、俺の答えは出ているかも知れない。そんな事も俺はこっそり考えていた。 「考えようぜ、ごん。一緒に…。」 「ふふっ、《一緒に》か…。先輩のそういう所が……うん。」 ごんは言いかけて辞めて頷く。

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