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初恋は遠くにありて想うもの 9

 ひととおり会話が終わると、俺はベランダに干してあった布団を森正の部屋に運んだ。森正も俺のスーツケースを持って、あとからついてくる。 「おい、森正」  布団を床においてから、森正に向き直る。今日から俺の居候生活が始まるわけだが、その前に言っておかなくてはならないことがある。 「さっきみたいなことは、もう二度と千夏さんの前で言うなよ」 「さっきみたいなことってなんだよ。ああ、おまえと千夏をおばちゃん呼ばわりしたことか?」  森正はベッドにどさりと座りこむと、どうでもよさそうに言った。 「違う。そのことじゃない。まあ、千夏さんをおばちゃん呼ばわりするのはどうかと思うが、それはおいといて。俺が言いたいのは、一緒のベッドがどうのこうのとか、ここにいる間はそういうことは絶対に口にするな、っていうことなんだ」 「なんでだよ。ほんとのことを言っただけじゃねえか」 「千夏さんに俺たちのことを気づかれたらどうするつもりだ。そうなったらおまえだって困るだろ」  いくらがさつで無神経で図太い森正だって、男と恋愛関係にあることを姉に知られたくはないはずだ。 「気づかれたらどうするって……。気づかれるに決まってんだろ。おまえ、隠し通すつもりでいたのか? 努力の無駄づかいになるだけだからやめとけって」 「おまえが余計なことを言わなきゃバレたりしないよ。いいか、俺とおまえの関係を匂わすような発言はいっさいするな。うっかり言いそうになったら、すかさずお口にチャックしろ。わかったな」  俺は胸の前で両腕を組み、できるかぎり厳しい表情と口調を作って言ったのだが、森正はどこ吹く風といった態度だ。ベッドの上で胡座を掻いて、足首をつかみながら身体を揺らしている。 「あのな、シロ。女ってのは男より勘が鋭い生き物で、男ってのは女よりもわかりやすくできてんだよ。千夏は女の中でも特に勘が鋭いし、おまえは男の中でも特にわかりやすくできてんの。おまえが千夏に隠し事をすんのは百パーセント無理だ、不可能だ、インポッシブルだ。だから、諦めろ。な?」 「俺のどこがわかりやすいって言うんだ。俺はみんなからミステリアスだって――」 「ああ、まあ、おまえの思考はタツノオトシゴレベルで奇々怪々だけどな。感情はだだ洩れなんだよ。自覚ないのか? 可哀想な奴だな」  森正は憐れむようなまなざしを俺に向けてきたが、それが恋人に向けるまなざしだろうか。こうやっていつも通りのむかつく会話をしていると、森正と俺がうっかりできてしまったことが、悪い夢のように思えてくる。 「つくづくしみじみむかつくな、おまえは! とにかく! 俺はきっちり隠し通すから、おまえもそれに協力しろ! これはおまえのためでもあるんだぞ」  俺は憤然として言い放ったが、森正はどうでもよさそうに大きなあくびをしただけだった。 「あくびなんかしてないで、俺の話をまじめに聞け!」 「聞いてるっつーの。千夏の前でちゅーしたり、お姫様抱っこしたりしなきゃいいんだろ」 「そんなことは最低限の当たり前だ! つうか、俺がいつおまえにお姫様抱っこなんかされたって言うんだ! いつもしているみたいな感じで言うな!」 「おまえ、今日なに食いたい? 俺は肉だからおまえも肉でいいよな」 「だから、俺の話を聞け!」  俺は心の底から切実に叫んだ。  ……いまからこんな調子で、これから一ヶ月近くもの間、俺と森正の関係を隠しきれるんだろうか。甚だしく不安だ。 

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