13 / 14

初恋は遠くにありて想うもの 13

 ……俺は激しい運動をしたあとのように、ソファーの上でぐったりとしていた。疲れた。身も心も疲れ果てた。たぶんこの三時間で体重が三キロは落ちたに違いない。  全力疾走したあとのようにぐったりしている俺とは裏腹に、森正姉弟のテンションはチョモランマ並みに高い。いましがた観たばかりのホラー映画について、ふたりで熱っぽく語りあっている。  見るからに図太そうな森正はともかく、蝶々や花のごとき繊細さを感じさせる千夏さんが、まさかホラー映画大好きっ子だったなんて。俺は、あの声で蜥蜴食らふか時鳥、というどこぞの俳人の句を思い出していた。  血が飛び散ったり、幽霊が登場したりするたびに、千夏さんは「きゃーっ」と悲鳴を上げていた。が、どこからどう聞いても怯えている悲鳴じゃなかった。語尾にハートマークがついているきゃーだった。 「シロちゃん、大丈夫? あんまりホラー観たことないんだよね。もうちょっと手ぬるい映画にしたほうがよかったかな」  千夏さんは両膝に手をついて、心配そうに俺をのぞきこんできた。 「シロ、おまえびびりすぎだって。おまえがびくってするから、そのたびに俺までびくってなっただろうが。映画よりもおまえに驚かされたっつーの」 「……うるさいな。俺はおまえと違って感受性が豊かにできてるんだ」  俺は森正をぎっと睨みつけると、千夏さんに視線を移した。 「あれくらいなんてことないですよ。まあ、ちょっとは怖かったけど、ちょっとだけですから」  まだ強張っている頬を懸命に動かして笑顔を作る。 「そう……? だったら、よかった。じゃあ、明日は『ブラッディアスク』の1を観よっか。2を観たら、また観かえしたくなっちゃった。1は2より断然怖くって面白いんだよ。私のお奨め映画なんだ」  そんなものは奨めてくれなくていい、と言ってしまえばよかったのだが、千夏さんに向かってそんなことを言えるはずもない。俺にできるのは、 「わー……楽しみです……」  力なくつぶやくことだけだった。

ともだちにシェアしよう!