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初恋は遠くにありて想うもの 13
……俺は激しい運動をしたあとのように、ソファーの上でぐったりとしていた。疲れた。身も心も疲れ果てた。たぶんこの三時間で体重が三キロは落ちたに違いない。
全力疾走したあとのようにぐったりしている俺とは裏腹に、森正姉弟のテンションはチョモランマ並みに高い。いましがた観たばかりのホラー映画について、ふたりで熱っぽく語りあっている。
見るからに図太そうな森正はともかく、蝶々や花のごとき繊細さを感じさせる千夏さんが、まさかホラー映画大好きっ子だったなんて。俺は、あの声で蜥蜴食らふか時鳥、というどこぞの俳人の句を思い出していた。
血が飛び散ったり、幽霊が登場したりするたびに、千夏さんは「きゃーっ」と悲鳴を上げていた。が、どこからどう聞いても怯えている悲鳴じゃなかった。語尾にハートマークがついているきゃーだった。
「シロちゃん、大丈夫? あんまりホラー観たことないんだよね。もうちょっと手ぬるい映画にしたほうがよかったかな」
千夏さんは両膝に手をついて、心配そうに俺をのぞきこんできた。
「シロ、おまえびびりすぎだって。おまえがびくってするから、そのたびに俺までびくってなっただろうが。映画よりもおまえに驚かされたっつーの」
「……うるさいな。俺はおまえと違って感受性が豊かにできてるんだ」
俺は森正をぎっと睨みつけると、千夏さんに視線を移した。
「あれくらいなんてことないですよ。まあ、ちょっとは怖かったけど、ちょっとだけですから」
まだ強張っている頬を懸命に動かして笑顔を作る。
「そう……? だったら、よかった。じゃあ、明日は『ブラッディアスク』の1を観よっか。2を観たら、また観かえしたくなっちゃった。1は2より断然怖くって面白いんだよ。私のお奨め映画なんだ」
そんなものは奨めてくれなくていい、と言ってしまえばよかったのだが、千夏さんに向かってそんなことを言えるはずもない。俺にできるのは、
「わー……楽しみです……」
力なくつぶやくことだけだった。
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