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第6夜第13話
すべてを洗い流して髪を拭きながらリビングに戻り、簡単に夕食の準備をする。
捺くんが一緒なら栄養面を気にしてしまうけれどひとりだと途端にどうでもよくなってしまう。
金曜日の夜だからか仕事をする気にもなれずに読みかけの本を読んで過ごす。
10時ごろ捺くんからこれから二次会に行くというメールが入った。
絵文字がいつもにましてたくさん入ったメールに楽しんでいるのが伝わって頬が緩む。
捺くんが飲みにいくときは3次会4次会と続けて行くみたいで帰りは深夜遅い。
今日もきっと遅いだろう。
読書をリビングからベッドの上でに移し――いつのまにか寝てしまっていた。
仕事の疲れか深い眠りに落ちていた俺の意識が再浮上したのは深夜遅くだった。
軋んだスプリングと、背中にまわされた腕、すりよってきた身体。
シャンプーの香りと、アルコールの匂いと。
唇に触れる感触にうっすらまぶたを上げた。
薄暗い室内は寝起きの目には一層暗く感じ、思考はうまく働かない。
ただ俺のそばにいるのが捺くんだということだけはわかる。
体温に誘われるように俺も捺くんの身体に手を回し引き寄せた。
「ごめん、起こした?」
「……いや、大丈夫だよ。いま何時?」
「三時」
「そっか……、おかえり」
「ただいま」
夜遅いからか暗いからかお互い自然と小声になる。
少しづつ慣れてきた目に笑顔の捺くんが映る。
「どうだった、飲み会」
「すっげぇ楽しかったよ」
声を弾ませる捺くんの身体は酔いのせいかいつもより暖かい。
「よかったね」
「ん」
笑いながら捺くんは唇を寄せてくる。
体温同様に少し熱い舌が侵入して絡みついてくる。
だいぶ前に捺くんが、
『お酒飲むとエロい気分になるよね』
と言っていたことがある。
『……ふうん』
そうなんだ、と俺はどちらかというと眠くなる体質だったので苦笑しながら返事をしたっけ。
触れ合った唇から絡めあった舌からアルコールの香りが伝わってくる。
かなり飲んだんだろうな。
いつも以上に性急に深いキスをしてくる捺くんが彼曰くのエロい気分になっているのは明白で、擦りつけるように寄せてくる腰のあたりにはもう硬い感触がある。
「……っん」
俺は素面なのにまるでアルコールを分け与えられたように酔ってきた気分になる。
それはアルコールじゃなく捺くんに酔って溺れてしまってるんだろうけれど。
完全に目は醒めて誘われるまま貪るようなキスを交わした。
やっぱり捺くんはかなり酔っているのか激しいキスにすぐ呼吸が荒くなって唾液をこぼしている。
それを舐めとりながら手を捺くんのシャツの中に滑り込ませた。
火照った身体をなぞるとくすぐったそうに捺くんが身を捩る。
顔を見るととろんとした眼差しをしていた。
ほんの少し眠そうにも見えるけど、一旦起こされてしまったら止められるわけもなく捺くんの首筋に顔をうずめる。
「……あー、飲み過ぎたかも」
ぼんやりした捺くんの声を聞きながら肌の感触を味わった。
「ゆうとさんに触りたいのになんか力でないし……っ、ぁっん」
言葉通り脱力しているようで、普段は悪戯気に動くいてくる手は俺の髪に触れてくるくらい。
「打ち上げだったからいいんじゃないの。2週間頑張ったんだから少しくらい羽目外しても大丈夫だよ」
捺くんの手を取り指を絡め握りしめながら頬にキスを落とす。
嬉しそうに目を細める捺くんに同じように目を細め、唇に胸元にキスしていく。
「……んっ……あ……そういえば……」
息を弾ませながらなにかを思いだしたように別の意味で弾む声。
「インターン…終わったーってのもあるんだけど……すっごく嬉しいこと言われたんだ」
手は動かしつづけたまま捺くんの顔を見つめた。
「なんて言われたの?」
「んー……とね、また一緒に仕事ができたらいいな、って」
「同じインターンシップの子?」
「んーん、部長さん」
「……え?」
「トイレでたまたまばったり会ってさー、面接受けにおいでっていってくれたんだよー」
「……」
なんで、俺は―――。
「……それって内々定ってこと……?」
手の動きを止めさりげなく視線を外し、訊き返す。
「ないない……? まさか!」
おかしそうに捺くんが吹き出して俺に密着してくる。
だけど手は動かせないまま肩に顔を伏せた。
「そんな大げさなもんじゃないよー。今日最後だったしきっと就活がんばれーな感じで言ったとかだよー」
確かに内々定というには遠いのかもし、大げさに考えすぎかもれない。
でも……。
「……そうかな。捺くんが気にいられたのは間違いないと思うよ……?」
今日まで捺くんがインターンシップで行っていたのは名の知れた総合商社。
見込みがあるからそう声をかけられたんじゃないんだろうか。
もちろん俺はその場にいたわけじゃないからどんな状況でどんな風に言われたのかわからないけれど。
「だったらいいけど」
照れくさそうにしている捺くんに――俺は"きっとそうだよ"と言えても、"よかったね"とは言うことができない。
捺くんが一生懸命頑張って勉強していることは知っている。
それに見合うだけの知識や実力も備えていることも知っている。
きっと望めば希望どおりの未来を手にできるんじゃないかと思える。
それはいいこと、のはずなのに。
――……そんなにがんばらなくてもいいのに、と思う俺がいる。
急いで大人にならなくてもいいのに。
まだずっと無邪気なこどものままでいいのに。
もっとずっと俺の腕の中にいてくれればいいのに。
そんな、傲慢な感情が、ある。
どんな捺くんだって捺くんなのに。
大人になったって変わらない、出会ったときから今だって捺くんは変わっていない。
変わってはいないけれど、変わっていて。
彼が頑張れば頑張るほど俺の存在は邪魔になる。
やっぱり――俺は、いつか。
「……きっと本当に気にいられたんだよ。よかったね」
30%ほどの良心と本心とで、そう笑う。
捺くんは"なんかやる気出てきた。次のインターンも頑張る"と、目を輝かせた。
俺はそれに目を眇め、捺くんを抱きしめ、一時だけ腕の中に閉じ込めた。
***
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