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第6夜第12話

インターンシップが始まって捺くんは忙しそうにしている。 朝から夕方まで普通の社員と同じように勤務し、帰りは他のインターンシップの子と情報交換をしたり勉強してきたりで帰ってくる時間も遅かったりする。 帰宅してからもテーブルの上にはノートパソコンを開き資料を並べ真剣に仕事に取り組んでいるのが窺えた。 捺くんが頑張っているのだからと俺も持ち帰りの仕事に精を出し―――だけれど時折どうしても捺くんを見てしまう。 大学受験のときは"勉強"だったけれど、今度は"仕事"で、もうあと二年もしないうちに捺くんも社会に出るのだと実感が沸いてくる。 「んー……」 パソコンとにらめっこをして唸っている捺くんを眺めながら二年後……を考えてみた。 当たり前のように俺の隣にいる捺くんを、いまのように俺の部屋にいる捺くんを想像することはできる。 できる、けれど―――……。 「ゆーとさん」 不意に間近で聞こえた捺くんの声に我に返って顔を上げる。 テーブルの端と端で向かい合わせに仕事をしていた俺達。 いつのまにか捺くんが俺のとなりに来ていた。 「どうしたの、ぼーっとして」 「あ、いや別に。捺くんは?」 「俺は休憩」 「そっか。コーヒーでも淹れようか?」 「いいいい。優斗さんの近くにいれば疲れとれるから」 「そうなの?」 「そうだよー」 にこにこしている捺くんに俺も頬が緩む。 俺こそ捺くんがいるだけで癒されてる。 すぐそばにある体温を感じれるだけで幸せなことだと思える。 「どうインターンは?」 もうインターンシップが始まって二週目に入っていた。 初日は少し緊張していたようだったけれど、智紀の会社で二年近くバイトしていたのだし順応性も高い子だし次の日には緊張もとれていたように感じる。 「んー。まぁだいぶ慣れはしたけどやっぱ覚えること多いし……。でもちゃんと社員のひとが時間割いて教えてくれるから助かる」 「そっか」 「ほんっと働くのって大変だよね。優斗さん尊敬する」 「そんなことないよ」 「あるよー! だから俺も頑張る」 捺くんはそう笑って、就活プランを話してくれた。 興味のある業種や、取りたい資格。 そしてインターンシップでのことや、そこから発展して仕事のことになっていった。 こうしてこれからは仕事の話をすることも多くなっていくんだろう。 話す内容が昔と変わっていってもしょうがないことだ。 高校時代のときは日々の学校生活を楽しそうに話していた。 和くん、七香ちゃん、実優に羽純ちゃん。 とりわけ和くんと七香ちゃんは捺くんにとっては小学校からの友達で、俺にとっては三人のケンカするほど仲がいいっていう感じの話がとても面白かったのを覚えている。 その名前も大学に入ってからはたまに聞くくらいになった。 もちろん友好関係が終わったわけではないし今でも遊んではいるけれど、お互い進路が違えば毎日顔を合わせていた高校時代と変わってしまうのは当たり前のことだ。 ただ少しだけ――それが寂しく感じた。 俺は捺くんに出会ったときから社会に出ていたけれど、捺くんはそうではなく。 10代から20代になって、どんどん成長していく。 その姿をなぜ素直に見守ってあげれないんだろう。 高校時代よりも、仕事の話のほうが共通点は多くなるはずなのに。 自分の心の狭さに呆れることしかできなかった。 *** 『おわったー! プレゼンもなんとかうまくいったよ!』 捺くんのインターンシップの最終日である今日、金曜日。 打ち上げがあるそうで今日は遅くなると聞いていた。 仕事を片付けた頃携帯に夕方来ていた捺くんからのメールには飲み過ぎないよう気をつけるとも書いてあって、それに苦笑しながら『楽しんできて』と返信した。 すでに人気のなくなったオフィスを出て帰路につく。 昨日は遅くまでプレゼンのチェックをしていた捺くん。 発表の練習として内容を聞かせてもらったけれどよくできていたと思う。 電車を降り歩いていると携帯が鳴りだした。 液晶に表示された名前を確認して受話ボタンを押す。 『もしもーし、こんばんは。いまいい?』 「久しぶり。大丈夫だよ」 かけてきたのは智紀だった。 挨拶代わりの近況報告をしながらマンションまであとほんの数メートルを歩いていく。 「それで、今日は?」 『そうそう来週なんだけど、金曜あたり飲みに行かないか? 晄人も一緒に三人で』 そういえばこの前会ったとき言っていたなと思い出しながら来週の予定を考える。 とくにこれといった用事もないのですぐに頷いた。 「いいよ。何時にする?」 『DAWNに8時は?』 「了解」 『王子様にも伝えといて。優斗はその日俺と晄人と濃厚な夜を過ごすからって』 マンションのエントランスを抜けながら失笑してしまう。 「……なに濃厚って」 『そのまんまだよ。今日は捺くんは?』 相変わらず智紀の発言はよくわからないことが多い。 捺くんは比較的乗ってあげているけれど、晄人は完全無視で、俺はなかなか乗りきれない。 「今日はインターンシップの打ち上げがあっていないよ」 『へー、打ち上げか。相変わらず頑張ってるの、捺くん』 「ああ。……すごく頑張ってるよ」 『ふーん』 受話器の向こうで智紀の小さく笑う声が、意味深に聞こえてそっとため息をつく。 エレベーターのボタンを押し、 「じゃあ来週金曜日に……」 俺が切るために切り出せば今度ははっきりと笑い声が響いた。 『はいはい、んじゃ来週。ま、なにか悩みでもあるならお兄さんが聞いてあげるからね?』 「……おやすみ」 つっこんであげるべきなのか悩みながら、結局スルーしてしまう。 また大きく智紀は笑って、 『おやすみ、優斗』 と、無駄に甘い声で囁くと電話を切った。 それにまた苦笑しながらエレベーターに乗り込み帰宅した。 玄関を開け、当たり前だけれど暗い部屋。 いつでも捺くんが出迎えてくれるわけではないし、今日だって夜遅くになるだろうけど帰ってくる。 夏休みに入ってほぼ一緒に過ごしているからか部屋のそこかしこに捺くんの香りが残っている気がする。 別に寂しさなんて感じる必要なんてないのに、テンションが低くなってしまうのはなんでだろう。 まるで依存しているよう。 夏休みが終わればまた捺くんも週半分は自宅に戻るのだろうから寂しがっててもしょうがないのに。 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しグラスにそそいで一気に飲む。 よく冷えていて二杯目も一気に飲んでからバスルームに向かった。 シャワーで汗を流しながら―――何故かため息がこぼれおちた。

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