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第6夜第11話
捺くんがもう一度食べたいといってラーメンを食べ、そして観光をして旅行はあっというまに終わってしまった。
帰路について自宅に帰りついたのは夜も遅く11時ごろ。
次の日まで俺は休みで、捺くんは来週頭からインターンシップが始まることになっている。
そして――。
「もしもしー。あー、ごめんな遅くなって」
いま捺くんが電話をかけている相手はクロくんの恋人の朱理くん。
クロくんじゃないというだけでホッとしている自分に内心苦笑してしまう。
「ん、んー? あー、うん。インターンは終わってるけどさー」
キッチンでコーヒーを入れている俺の視界の中で捺くんは喋りながらチェストの上に置いてある卓上カレンダーを手にして見下ろす。
どこかに行く誘いなのかな。
コーヒーメーカーからコーヒーがドリップされ落ちていくのを眺めながら、自然と聞こえてくる会話にどうしても耳が行ってしまう。
「んー。で、誰が来るって? ――ふーん。うんうん。そうだなぁ」
捺くんが即答できないのはきっと今度のインターンのあともまだ次があるからだろう。
夏休み後半のほうが予定がつまっていて、遊ぶ暇もなさそうだった。
「ん……、ちょっと考えさせて。うんうん。わかった」
結局答えは保留のまま捺くんは電話を切ってソファに座る。
コーヒーを淹れてから俺もソファに向かった。
「はい、どうぞ」
テーブルに置くと携帯でカレンダーを見ていたらしい捺くんが顔を上げて微笑む。
「ありがと」
「いえいえ。……朱理くんなんだったの?」
別に問うことは悪いことではない。
こうして訊くことはお互い自然とすることではあるし。
ただ後ろめたさを感じてしまうのは――……朱理くんの後ろにクロくんがいるのを意識しているから、か。
気にする必要なんてないはずなのに。
「んー。なんかさー、朱理の知り合いから貸別荘を格安で借りれることになったらしくってさ。それで仲間みんなで行かないかって」
「……へぇ」
みんな、って誰、と今度は問うことができなかった。
気軽に訊けばいいのに、詮索している気分になりそうでコーヒーを飲んで喉元まで出かかった問いを押し流す。
「6人で一人2千円でいいんだって。2泊予定らしい」
捺くんもコーヒーを飲みながら、指折り人数を数えだした。
日常の会話の中で聞いたことがある友人たちの名前。
もちろんその中に朱理くんとクロくんの名前も入っている。
「んーと、あれ? 杉坂も来るんだっけ? あと一人誰だー? いや多分杉坂だな」
ぶつぶつ呟きながら、どうしよっかなぁー、と盛大なため息をつく。
「……行かないの?」
「行きたいけどインターンがあるからなぁと思って」
「日程は?」
「ちょうど次の次が始まる前だから大丈夫なんだけど」
9月最初の月曜から水曜だと続け、捺くんは再び携帯に視線を落とす。
正直言えば、クロくんと一緒の旅行なんて行ってほしくない。
まるで子供のようなことを思ってしまうけれど、同時にせっかくの夏休みなのだから楽しんでほしいとも思う。
「行って来れば? インターンシップの準備もあるかもしれないけれど、夏休みだし遊ぶのも必要じゃないかな」
学生時代ももう残り少ない。
社会に出れば学生のころのような長期の休みも取れなくなる。
行っておいでともう一度言えば捺くんは少し考えたようだったけれど笑顔で頷いた。
「じゃあ行ってこようかな。あ、でも優斗さん寂しくない? 俺が二日もいないなんて」
そしてすぐに悪戯気に俺を見つめてくる。
それに苦笑しながらぽんと捺くんの頭を軽く叩く。
「寂しいけど、二日くらい平気だよ。というより……今週一回くらいは自宅に戻らなきゃだめだよ?」
「えー? いいよー」
「だめだよ。ご両親も心配するよ」
本当にこの夏はずっと一緒にいる。
嬉しいけれど、これでいいのかという気持ちはずっとある。
「平気だって」
「だめだよ」
俺が一言捺くんのご両親に挨拶出来ればいいんだろうけれど、男同士ということを考えたらできるはずもない。
「もー優斗さん真面目なんだもんなー。明後日あたり1日帰るけどすぐ戻ってくるから」
面倒臭そうに頬を膨らませた捺くんに、
「いつでも来ていいからちゃんと家にも帰らなきゃだめだよ?」
そう言ってはみる。
――もう未成年ではなくなったけれど、俺が拘束することはできない。
――俺達の関係を知っている人はもちろんいるけれど、それを公にするのは捺くんにとってなんの利益も生まない。
やっぱりいつか……。
「はいはい」
話をちゃんと理解しているのかしていないのか、適当に思える返事をした捺くんは不意に俺の方へと倒れ込んできた。
俺の膝の上に頭を乗せ、見上げてくる。
「帰るけど、すぐ"帰って"くるから」
当たり前のことのように言って捺くんは綺麗な笑顔を浮かべた。
手を伸ばし柔らかな髪に触れる。
「でもさ、もう――」
髪を弄る俺の指に目を細めた捺くんが、やっぱり見惚れてしまう笑顔で口を動かす。
――ほとんど優斗さんのマンションで過ごしてるし、このまま居座っちゃおうかな。
と、俺を見つめる。
「……」
一緒に暮らせたらどれだけ幸せだろう。
だけど……俺はなにも言えず。
言わないまま――返事の代わりにそっとキスを落とした。
――――――
――――
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