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第6夜第20話

「……なに?」 真面目に話していたはずなのにどうしてここで笑うのか、と少し険を含んだ視線を向けると智紀は苦笑しながら「ごめんごめん」と手を振る。 「いや、確かにノロケに聞こえるなーと思ってさ。優斗ってほんと捺くん大好きだよねぇ」 ソファの背もたれにゆっくりと背中を預けながら智紀は微かに首を傾けた。 俺としては本心そのままだけれど……恋人の良いところを第三者に言えばノロケに聞こえてしまうかもしれない、と少しだけ気恥ずかしさを感じた。 「……俺はノロケとかじゃなくて……ただ」 「ただ?」 グラスを握りしめ視線を伏せた俺に智紀の声がかかる。 晄人の視線も感じ、内心再三のため息をつくと喉もとで溜まっていたものを吐き出した。 「男の俺と一緒に付き合っていることが捺くんの将来にリスクを負わせるんじゃないか……と思って」 自分で自分の言葉に、一昨日のことが甦る。 "じゃあ、別れる?" 捺くんの声が言葉が脳裏に浮かぶ。 視線を上げることができず手の中のグラスを眺めていた。 「……真面目だねー」 智紀の小さい呟きが微かに聞こえた。 そのまましばらく沈黙が落ちて、次ため息をついたのは晄人だった。 「そんなもの気にする必要ないだろ。あいつだって男だ、その辺承知の上でお前と付き合ってるんだろうしな」 「……」 「そうそ。それに俺も男と付き合ってるんだけど、優斗くん? 別にいいんじゃない、そんな難しく考えなくてもさ」 「……」 難しく考えているつもりは……ない。 けれど―――。 「俺は捺くんより一回りも上だし……、まだこれからの捺くんの未来のことを考えると……」 可能性を潰したくない、捺くんの望む未来の邪魔になりたくはない……。 「優斗らしいといえばらしいけどねぇ」 歯切れの悪い俺の言葉に智紀が軽く口角をあげる。 「らしい、が―――……。優斗、それじゃお前恋人じゃなく保護者だろ」 「……」 「もう一回言うが、あいつも男だからな。お前にそんな心配されても嬉しくないんじゃないのか」 晄人が言うことは事実、そうかもしれない。 一昨日捺くんは怒っていたのかもしれない。 「……それでも……俺は捺くんが幸せになれる最善のことを考えてあげたいんだ」 好きだからこそ、捺くんには幸せになってほしい。 「……優斗、お前さ」 晄人が言いかけ、だけれどそのまま止まる。 続きを待っていると紫煙を吐きながら晄人は煙草を灰皿にもみ消した。 「いや、いい」 なにを言おうとしたんだろう。 視線を向けるけれど、晄人はもう言うつもりはないらしく緩慢な動作で新しい煙草を咥え革張りのライターで火をつけていた。 ―――やっぱり言うんじゃなかった。 せっかくの場を白けさせてしまった。 「あのさ、優斗。そのこと捺くんには話したの?」 いつの間に空になっていたのか。 手にしていたカクテルを飲もうとしたらもうなにも入っていなかった。 はい、とすかさず智紀がメニューを渡してくれ、訊いてきた。 「……うん」 「そっか。それで?」 「……まだ詳しくは話しあってない。ちょうど捺くんが実家に帰らなくちゃいけなくなって……」 "別れる?"、と言われたことを言うことはできなかった。 「ふーん……。なら俺達があんまりごちゃごちゃ言ってもね。ふたりでよく話し合いなよ」 いつもと変わらない笑顔を向けてくる智紀に少しだけほっとした。 小さく頷き、明日捺くんに会い―――ちゃんと向き合えるだろうかと不安がよぎる。 "あの言葉"を捺くんの口から聞きたくない、と思ってしまう。 「優斗、次なに飲む?」 矛盾だらけの思考の渦に陥りそうになりかけたところを智紀の声に遮られた。 「……そうだな……えっと」 慌ててメニューに視線を走らせる。 「俺は次はワインでも飲もうかな」 「俺の分も頼め」 「頼んでください、だろ。晄人くん?」 「……」 「大好きな親友の智紀くん、僕のワインも頼んでください、って言ってよ、晄人くん」 「優斗、俺はワインだ」 「……え? あ、うん。わかった。じゃ、俺もワインにしようかな」 「あれ、俺の発言全部スルー?」 「ワインふたつな」 「いや三つでしょ」 「……」 さっきまで淀んでいたような気がする雰囲気も智紀と晄人のかけあいに、あっさり霧散していく。 ケンカするほど仲がよいとでもいうのか、言いあいを始めたふたりに思わず笑ってしまいながらワインを3杯注文した。 「いい歳したおじさんが買い食い?」 「いい歳って、まだ30代前半だよ? まだまだ男はこれからでしょ」 明るく笑いながら智紀も店員にシュークリームと他にケーキも注文しはじめる。 きっと恋人と食べるんだろう。 少しの羨ましさを感じながらふたりがケーキを購入しているのを待った。 それからしばらくしてケーキの箱を持った晄人たちと店を出た。 「タクシー乗るが、お前たちはどうする?」 「俺は……」 「俺と優斗はコーヒーで二次会ー」 晄人の問いに答える間もなく、俺の腕を引いた智紀が遮る。 「金曜の夜だし、まだ別に時間いいだろ?」 「あ、うん」 特に用もない。 帰っても捺くんがいるわけでもないから頷いた。 晄人がちらり智紀を見て何故かため息をつくと、片手をあげタクシーを止める。 「じゃあな。ほどほどにな」 俺たちにというよりかは智紀へと最後は顔を向け声をかけていた。 夜もふけているというのに一層賑わう夜の街の中を走り去っていくタクシーを見送る。 煙草の匂い、香水の香り、酒の匂い。 さまざまな喧騒にのまれるようにぼうっとしていると智紀が俺を呼ぶ。 「散歩でもしようか」 ……散歩? 問い返す前に、智紀は歩き出していた。

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