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第19話

 びく、っとしてしまう。でも相手は俺のことを知らない。  だからすぐに視線は逸らされる。  そう……思ってたのに、なぜか優斗さんは不思議そうな顔で俺を見つめていた。  それからふっと笑顔をこぼしたかと思うと、俺のほうへ歩いてくる。  ……え!? な、なんでこっちに来るんだ!??  慌てる俺にあっという間に近づいてきた優斗さんは、少し遠慮がちに声をかけてきた。 「君……もしかして"捺くん"じゃない?」 「……えっ」  な、なんで知ってんだ!?  驚きすぎて呆然とするしかない俺に、優斗さんは笑顔を浮かべて説明してくれる。 「実優から友達の写真見せてもらったことがあってね。覚えてたんだけど、違う? あ、俺は実優の叔父の佐枝優斗です」  確かこの人は松原と同じ歳だったはず。  性格は全く違うっぽいけど、大人な雰囲気は似通ってる。  もしかしたらスーツ着てるから、そんな気がするかもしれねーけど。 「……ち、ちがわないです」  まさか名前と顔を覚えられてるなんて思ってなかったから気恥ずかしくて視線を合わせられない。 「そっか、よかった。それにしても――こんな時間に、どうしたんだい?」  当たり前の質問に、ぐっと言葉に詰まる。  公共の場所でもなんでもない、松原と実優ちゃんの住むマンションの前。  そこに単なる実優ちゃんの友達でしかない俺が、夜中に突っ立ってる。  不審以外なんでもねーよな……。 「……えっと……」  なんて言えばいいのかわからずに黙り込むしかできない俺に、優斗さんは静かに訊いてくる。 「実優に会いに来たのかな?」 「……」  ――違う、って言えば、じゃあなんだって言われそう。  ――松原に、なんて言ってしまえば、ますます不審になってしまう。 「たまたま……通りかかった……んです」  苦しすぎる言い訳。たまたまってなんだよ、って自分に突っ込みながら顔を俯かせる。 「そっか」  だけどあっさりとした口調で優斗さんは言って、驚いて思わず見上げてしまった。  とたんにまた目があって、ふと優しくその目が緩んで俺を見つめる。  ……や、やばい、この人。  いま、俺顔赤くなってるかもしんない。  なんつーか、いままで俺の周りにこんなにも柔らかな雰囲気を持った人がいなかったからか、変に居心地悪い。穏やかで優しそうで知的で。  でもなんとなく――実優ちゃんが実優ちゃんな理由がわかった気がした。  この人に愛されて育ってきたからあんなに優しい女の子なんだろうなって。 「捺くん、送ってあげようか」 「へ?」  いきなり優斗さんは首をひねり言ってきた。 「夜道は危ないからね。とくに君みたいな可愛い子は絡まれるよ」 「か、」  可愛いって、男にはほめ言葉になんねーし、男に言われると正直ムッとする……けど、邪気のない優斗さんの笑顔につっこむことはできなかった。  ただ首を振った。 「だ、大丈夫です。俺……以外とケンカできるし」 「そうなんだ」 「ハイ……だから」 「そっか、わかった。じゃあ、よかったら一杯付き合ってくれないかな?」 「は――、え?」  意味がわかんなくって、ぽかんと口を開けてしまう。  このひと……なんて言った? 「捺くん……って呼んでいいのかな。向井くんだっけ?」 「あ、どっちでも」 「そう? なら、捺くん。一杯だけ俺と付き合ってくれないかな」  さっきの言葉をもう一度優斗さんは繰り返した。  一杯って、酒?  え、でも、俺、未成年……。  いや、まぁもう飲んじゃってるけどさ。  ていうより、顔は知ってても俺たち初対面なんだけど。 「イヤだよね、こんなオジサンとじゃ」  優斗さんは反応できずにいる俺に苦笑いを浮かべた。 「いやとかじゃないです、別に! あ、あの、ただびっくりして。それにオジサンなんかじゃないですよ! 若いし、めちゃくちゃカッコイイし」  ちょっと寂しそうにした優斗さんに、慌ててしまって捲し立ててた。  いきなり俺が一気に喋りだしたからか少し優斗さんは驚いたようにしたけど、すぐにまた笑顔を浮かべた。 「ならいいけど。じゃあ行こうか」  目を細めて優斗さんは車のほうへと向かう。  俺は動けないままで、それを眺めることしかできないでいると運転席のドアを開けた優斗さんが俺を見た。 「どうぞ」  にこりと笑いかけられて促されたら、もう乗るしかない。  よくわからない状況と展開に俺は少し混乱しながら優斗さんの車に乗ったのだった。 ***

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