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第42話
「はい、目を閉じてね」
その言葉に俺はゆっくり目を閉じた。
すぐに俺のまぶたにさらっとしたものが落ちてくる。
「いい感じ」
ふふ、っと笑いながら俺のまぶたに色を乗せてくるのは女友達の羽純(はずみ)ちゃん。
「……羽純ちゃん、可愛くしてね?」
俺もちょっと笑いながら言うと、「もちろん」って羽純ちゃんが手際よく俺にアイメイクを施していく。
なぜそんなことをしているかというと今日は文化祭なのだ。
文化の日に文化祭をあてる俺の学校。
準備は大変だったけど、当日の今日はもっと大変だろうなー。
ちなみに俺たちのクラスはベタだけどメイド喫茶をすることになっていた。
で、まぁまぁ女装の似合いそうな男子生徒もメイドとして強制参加させられることになって。
自分で言うのもなんだけど女装似合うだろう自信はある。
つーか羽純ちゃんは厳しくて……俺ムダ毛処理までさせてこらされたんだけどっ!
……その分美少女に変身させてもらわないとなぁ。
「捺くん、もしかしたらうちのクラスのナンバー1になっちゃうかもね」
楽しそうに笑いながら俺のまつげをカーラーで上げていく羽純ちゃん。
「え、俺ってそんなに可愛い?」
「うん。メイド服に着替えたら誰かわからなくなっちゃうかも。和くんもびっくりするかもね」
「和にびっくりされてもなぁ」
「じゃあ、松原先生、驚かしちゃえば?」
「へっ?」
唐突に出てきた名前にびっくりして目を開けたらカーラーがガチっとまぶたを挟んだ。
「ってぇ!」
「捺くんごめんね?」
慌てる羽純ちゃんに、俺も慌てて首を振る。
「だ、大丈夫!」
本当はめちゃくちゃイテェけど……。
挟まれた右のまぶたをさすりながら平気平気って羽純ちゃんに視線を投げかける。
羽純ちゃんはしばらく心配そうに俺のまぶたをチェックしてくれてたけど、とくに異常ないってわかったのか安心した顔をして――。
ふふ、っと綺麗で笑った。
見た目おとなしそうで知的な感じの可愛いけど美人系の羽純ちゃん。
そんな羽純ちゃんの浮かべた笑みはどこか――黒い。
「こんな美少女な捺くんとならまた松原先生もちゅーしたくなるかもね」
「……」
前、俺が松原を好きになるきっかけとなった人生ゲームの罰ゲームである松原とのディープキス。
あの罰ゲームを計画したのが――この羽純ちゃんだった。
羽純ちゃんの視線がめっちゃくちゃ突き刺さってくる。
「……じょーだん! 俺も松原も二度とヤだね!」
「そう? 捺くん、あのときうっとりしてたから、松原先生のこと好きになっちゃったかもって気になってたの」
にこにこ笑ってる羽純ちゃんが……めちゃくちゃ怖い。
「……んなわけないよ!」
あったけど。
でも――いまは、ない。
……たぶん。
「ふうん、そうなんだ。はい、捺くんちょっと目閉じてちょっと顔上げててね」
「はーい」
カールさせたまつげにマスカラを塗っていく羽純ちゃん。
「でもこんなに可愛く完璧な美少女に変身するんだから、誰か驚かせたくない?」
「……別に」
なんか羽純ちゃんって真面目そうなのに、企み好きっていうかなんていうのか。
軽くS入ってるっていうか……。
マスカラを塗っていないときに薄く目を開けると、羽純ちゃんはめちゃくちゃ楽しそうに目を細めていた。
「あ、そうだ! 自己紹介で女の子って言ってて、あとで男だったってバラしてみるとか?」
「……はあ」
気のない返事をしながら、重くなっていくまつ毛に心の中まで重くなっていく気がする。
女の子って大変だなぁ。
アイメイクを施された俺の目の周りは違和感ありまくりで、落ち着かない。
もちろんファンデーションとかもつけられてて、肌も重く感じる。
女装はもうしたくねーなぁ。
「絶対だまされると思うのよね。実優ちゃんにも協力してもらってびっくりさせてみない?」
「うん……? 誰を?」
「それは――、あ、はい、マスカラ塗り終わったよ」
「ありがとう」
「じゃあリップ塗るね」
リップブラシを用意している羽純ちゃんが
「びっくりさせる相手だけど」
って、話を戻す。
「ああ」
あんまり興味ないから適当に返事して――。
「"ゆーにーちゃん"」
「――」
どうかなぁ、って羽純ちゃんが笑いかけるけど、一瞬で俺の頭ん中は真っ白になって。
「え、ゆ、優斗さん来るのっ!?」
思わず立ち上がって、叫んでしまってた。
叫んだままの状態ですぐに我に返る。羽純ちゃんがぽかんとして俺を見てるから、しまった、って気づく。
やばい、まずい!
「……捺くん、"ゆーにーちゃん"と知り合いなの?」
表情を笑顔に変えた羽純ちゃんがもんのすごく探るように俺を見てくる。
俺は必死で、激しく首を横に振った。
「まさか! "ゆーにーちゃん"と俺が知り合いなわけないじゃん!」
不自然に声でかくなってるし、裏返ってるし、明らかに動揺してしまった。
めっちゃくちゃ気まずい空気が流れる。
羽純ちゃんはじーっと俺を見てるから、俺も悟られないように平然を装った。
たぶん装いきれてないとは思うけど……。
「そうだよね。捺くんが優斗サンと知り合いなんてないわよね」
「……」
優斗さんの名前のところめっちゃ強調してる。
明らかになんか勘ぐってる様子の羽純ちゃんの視線が痛くて、たまらず顔を背けた。
「捺くん、とりあえず座って? あとリップ塗るから」
羽純ちゃんはようやく俺から視線を外して口紅の用意をはじめた。
それから口紅とグロスをたっぷり塗られながら、訊いてもいないのに羽純ちゃんは今日のことを教えてくれた。
休日出勤の予定で来れなかった優斗さんが急に休みになって松原と一緒にくることになった、って。
俺はただ「ふーん」とか、適当に相槌を打ったけどどうしようもなくそわそわしてしまってた。
だけど羽純ちゃんはなにも言わずに、そのあとはメイド喫茶の仕事内容の最終打ち合わせして俺の準備は完了した。
「捺くん、完璧ね」
水色をメインにしたメイド服。明るいブラウンのロングのウィッグをつけて、ブルーのカラコンまで入れて。
鏡の前に立った俺は自分でも自分だとわからないくらいにかわってた。
ちょっとハーフっぽい美少女に変身してる自分に――……まあ正直当然だな、なんて思いながら……。
これなら優斗さんに会っても"俺"ってバレないかもって思った。
――最後に優斗さんに会ったのは俺が痴漢にあったあの週末。
もう1週間以上前の話だ。
あの日から俺は一度も優斗さんと喋ってない。
先週末はあの夏以来はじめて優斗さんと過ごしてないし、何度か電話があったけど出てなかった。
もしかしたら今日文化祭に来ることも電話に出てればきいたのかもしれないけど、俺は返事を全部メールで済ませて。
優斗さんもとくにメールの内容は当たり障りのない内容しかなかった。
決して俺は避けるつもりじゃない。
ただ――会ったら絶対、あの日のこと、痴漢のことを喋ってしまいそうで。
それに優斗さんと会ったら絶対ヤるだろうから……それが、なんか……なんか……。
「はい、最後の仕上げ」
ぼーっと鏡の中の自分を眺めて考えてたら、隣にいた羽純ちゃんが俺になにか吹きかけてきた。
甘めの匂いが俺を包み込む。
「香水よ。これ私の好きな香水なの。捺くんにいいことがあるようにおまじない」
そう言った羽純ちゃんは黒くない笑顔を浮かべて、俺のメイド服を綺麗に整えてくれた。
「は、羽純ちゃん……!」
羽純ちゃんのことだから俺と優斗さんの関係を詮索してイジってくるんじゃねーのか不安だったからびっくりだ。
でも――。
「できるだけ"優斗さん"と捺くんが鉢合わせしないようにしてあげるね。だから―――……ね?」
「……」
なにが、『ね』なんだろう。
羽純ちゃんに俺が提供できるいろんなネタを考えて見ながら、頷いた。
頷くってことは俺と優斗さんが知り合いだってことを認めることになるんだろうけど。
でもまだ、優斗さんに会う心の準備ができてなかったから。
わけのわからない罪悪感のようなものに、わけもわからずに胸が苦しくなった。
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