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第43話

「なつ子ちゃん、かわいー!」 「俺マジで好み! ねー、電話番号教えてー!!」  文化祭が始まって2時間以上俺はひっきりなしに動き回ってる。 「すみません、ウチ、お触り禁止なんで。……なつ子ちゃん、3番テーブルお願いします」  べったべた俺に触ってくる他校のヤローどもにも営業スマイルを向けてなんとかやり過ごそうとしていたら和が割って入ってくる。  助けてくれる言葉だけど、口調はめちゃくちゃ適当。  本当は俺が絡まれようがどうでもいいと思ってるのが丸わかりだ。  それでもいま"美少女"な俺は 「和くん、ありがとう」 って、ちょっと声を作って微笑んだ。 「……キモ」  ボソッと即座に呟いた和にひそかに肘鉄を食らわせてから3番テーブルに向かった。  教室の中は満員も満員。  廊下に行列ができるほどにうちのクラスは流行ってる。 「みゆーちゃーん、5番テーブルお願い!」  羽純ちゃんの指示する声が飛んでくる。  女装の俺とは違う正真正銘の可愛い女の子たちがメイド服を着てせわしなく働きまわってるんだから、客も多くて当然。  もう営業スマイルすんのも疲れたけど、女の子たちが頑張ってんのに俺が休むわけにもいかないからとりあえず休憩までは頑張ろうって思ってた。  たとえバカヤローどもにセクハラされても、だ! 「なつ子ちゃん、背高くてモデルみたいー!」 「脚ちょー綺麗だねぇ」  うるさい、ボケ!  なんで男ってのはこんなにバカばっかなんだよ!  俺が男ってことに気づきもせずに、べたべた触ってくる男たち。  俺もこんなやつらと同じ男かと思うといやになる。  いやいや、こいつらよりはマシだ!  俺は女の子の嫌がることなんかしねーし! 「それではご注文繰り返します~」  それでも営業に徹する俺ってばエライ!、なんてことを考えてたら、急に廊下のほうが騒がしくなってきた。  ちょうど廊下側にいた俺の耳に女の子の歓声みたいなのが聞こえてくる。 「あの人たちすっごくカッコよくない!?」 「うわー! ほんとだっ。いくつくらいかな? 年上だけどいいかもー!」  注文を書いたメモ紙を、無意識に握りしめた。  嫌な予感がして廊下のほうに視線を向ける。  俺たちのクラスに並んでるのはほとんどが男。  その行列の向こうにいる女の子たちがちらちら視線を向けてるほうに俺も視線を向けた。  でも見えなくて、でも安心したくて、ドアのところまで行って見てみた。 「……っ」  背の高い男が二人見えて、あわてて教室に戻った。  一人は間違いなく松原で、もう一人は人ごみにまぎれて顔が見えなかったけどきっと優斗さん。  ど、どうしよう!  本当は松原には会いたい。  会ってこの前借りた金を返しておきたかった。  でも、優斗さんにはやっぱり――……。 「なつ子ちゃん、2番テーブルに……」 「は、羽純ちゃんっ!!」  壁際に立ちつくす俺に羽純ちゃんが声をかけてきて、急いで駆け寄る。  あの二人が教室に来るのはすぐだろうけど、一応列には並ぶだろうから中に入ってくるまでには時間かかるはず。  だから、それまでに逃げよう!  騒がしい教室の中、猫の手も借りたいほどの忙しさだけど、俺はチキンと言われようが逃げることに決めた。 「あ、あの、俺、休憩! ごめん、まじでごめん!」  切羽詰まって羽純ちゃんに叫ぶ。  羽純ちゃんは怪訝そうにしたけど、すぐになにかに気づいたみたいだった。  その目が廊下を見て、そして俺を見たから。 「いいよ。帰ってきてほしいとき、メールするから、それまで休憩してきて」 「ありがとー!!」  この羽純ちゃんへの"借り"をどう返すことになるんだろうってかなり怖くはあるけど、いまはそれどころじゃない。  もう一回お礼を言って、俺は教室を出て行った。  人ごみに紛れるように走って、教室が見えなくなる角を曲がって――。  曲がったら、一旦立ち止まろうって思ってた。  だけど、曲がったとたんに向こう歩いてきてたらしい人とぶつかった。  かなり激しくぶつかって、バランスを崩す。  転ぶ、って思ったら腕を引かれてぐらつきながらも支えられて。 「ごめんね、大丈夫?」  ふわっと俺に届いてきた香りと、優しい声。 「――」  息が止まった。  逃げて、来たのに。  俺は呆然として――俺の身体を支える優斗さんを見上げた。

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