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第48話

「結構長居したね」  焼肉屋を出たのは夜の10時を過ぎた頃だった。  7時に待ち合わせて店に入ったから3時間近く飲み食いしてたことになる。  途中ちょっとだけ――なんか妙な気まずさを覚えたときもあったけど、そんなものはすぐに吹き飛んで楽しく食事は終わった。 「そうですねー。すっげぇお腹いっぱいになった!」  肉食べまくってビビンバも食べてデザートも食べて。  腹がパンパンになるくらい食べまくってしまった。 「あ、そうだ。あのまじでいいんですか? おごってもらって」  高級な店だったから代金も結構するだろうなって思ってたんだけど、いつの間にか智紀さんは会計を済ませてて、俺は結局合計がいくらだったか知らない。  ただの高校生の俺が割り勘でさえも出来るはずないけど、それでも少しくらいは出そうって思った。 「いいよ。俺意外に稼いでるしね」 「でも……」 「俺が誘ったし、本当に気にしないでいいって。そうだ」  11月中旬、夜も遅くなってくるとさすがに冷えて寒い。  ポケットに手を突っ込んで身体を縮こまらせてる俺と違い、ちょっと酔っているっぽい智紀さんはうっすら首元が赤くなってて妙にセクシーだった。 「お礼の代わりにまた食事付き合ってほしいな」 「食事?」 「そう。捺くんとご飯食べるの楽しかったから、また誘っていい?」 「はい! 俺もめちゃくちゃ楽しかったし。それにほら! 今度一緒に飲もうって言ったの覚えてます?」 「もちろん」  ふっと智紀さんは人差し指を口にあてて、ふっと笑う。 「飲み会は秘密でね。晄人にばれたらうるさいから」 「平気、平気! だって松原も一緒に俺と飲んだし」  だから気にすることないって、言いたかったんだけど――。 「へぇ、捺くん、晄人と飲んだことがあるんだ。二人で?」  少しだけ驚いたように智紀さんが一瞬だけ眉を寄せた。  だけどすぐに笑顔に戻って訊いてきて、俺は頷きかけて、口を閉じた。  いま普通に、松原と酒飲んだことを喋ったけど。  しかも二人でって言ってしまったけど。  あれはあのときは、俺……。  懐かしいような、何とも言えない恥ずかしさみたいなのを感じて、自分でも知らないうちに顔が赤くなってるのに気づかなかった。  もうあの頃と違って、松原のことを考える日はほとんどとない。  結局あの頃も本当に"好き"だったのかもわかんねーんだけど。 「捺くん、晄人と仲良しなんだね」  目を細める智紀さんに俺は勢いよく首を振った。  なんか変な誤解されて松原に俺のこと話題にされたりしたら困る。 「あの……前、俺がオヤジとケンカしてプチ家出したときに松原んちに泊めてもらっただけだから! い、一回だけだし、それっきり接点ないし。仲いいわけじゃ……」 「ふうん、そうなんだ」  納得してくれたのか、智紀さんは特に不審そうでもなく頷いてくれた。 「俺としても晄人がライバルとかいやだしね」  面倒臭くって――、って智紀さんが続けて呟いた。 「……え?」  言葉の意味が理解できないでぽかんとしてたら、智紀さんはそんな俺に気づいてないのか歩き出してタクシーを止めた。 「捺くん、乗るよ」  おいで、と手招きされる。  なんだろう――……。  たまに、なんか引っかかって、でもそれがなにかわからない。  でも手招く智紀さんの笑顔はいつもと変わらないから、だから"なにか"感じるのは気のせいだろうって、結局流されて。  俺は智紀さんに続いてタクシーに乗り込んだ。 「家まで送るよ。方角も同じだしね」 「え、ていうか俺電車で……」  乗った後だけど、そういえばまだ電車ある時間だって気づいた。 「いいよ。送らせて。捺くんに何かあったら大変だしね」 「平気なのに。だって俺、意外にケンカもできるし」 「まぁ、一応保護者的立場としてね」  智紀さんが軽くウィンクしてくるから、ちょっと吹き出して、 「しょうがないなぁ。じゃあ送られます」 ってウィンクし返した。  それに智紀さんが笑って、砕けた空気のまままたいろんな話をした。  本当に智紀さんは年上だけど、すっげぇ身近な感じがして話が弾むから時間があっという間にたつように感じる。 「さきいかたくさん準備してるよ」 「もし外れたら罰ゲームで」 「怖いなぁ」  さきいかが好きらしい智紀さん。今度一緒に飲むときに利きさきいかしようって話になって、笑ってるあいだに俺の家の前に着いた。 「智紀さん今日はほんとありがとう。楽しかった」  タクシーから降りて、寒さに首を竦ませながら窓越しにお礼を言う。 「こっちこそ、楽しかったよ。オジサンに付き合ってもらってごめんね」 「オジサンって、全然智紀さん若いよ!」 「そう? なら嬉しいけど。じゃあ、またご飯付き合ってね」 「もちろん!」 「それじゃあおやすみ、捺くん」 「おやすみなさい」  軽く手を振って、去っていくタクシーを見送った。  楽しい気分のまま、家に入る。  明かりのついたリビングにオヤジがいたから声かけて自分の部屋に上がった。  部屋着に着替えて、風呂入りに行って、さっぱりしてまた部屋に戻って。  タオルでガシガシ頭拭きながら、脱いだまま放り出してたジーンズのポケットからスマホが落ちてるのに気づいた。  メール受信のランプがついてて、見ると智紀さん。  家に着いたってことと、次会うときは俺が食べたいものでいいよ、っていうこととかが書いてあった。  本当に今日は楽しかったなぁ……って思って。  受信フォルダを開いたときに目に入った――、一昨日受信していたメールに、ため息が出た。  差出人は優斗さん。  文化祭の日は結局連絡なくて、そのあとメールが来たのは木曜の夜だった。  週末の予定を聞くそのメールに、土曜は智紀さんとの約束があったから会えないって返信して――金曜の夜も無理そうだった付け加えてた。  文化祭の、あのちょっとだけ会ったことを除けば、もう2週間も優斗さんと週末を過ごしてない。  それまでは毎週会ってたから、だから――寂しくないっていったらウソだけど。  でも――……。  気づいたらテンションが下がって、またため息をついてた。  せっかく智紀さんと会って楽しい気分だったのに、あっという間に気分は変わってしまってて。 「……あー、もうっ」  頭をかきむしりながらベッドにダイブして、智紀さんからのメールを眺めた。  そして返事を送って、枕にギュッと顔を沈めた。  週末はたいてい暇だからいつでも誘ってください、って書いたのを送った。  なんにたいしてかよくわかんねーけど、ほんの少し胸が痛んで罪悪感みたいなのを感じる。  それがなにか、考えようとモヤモヤして、ヘタレな俺は考えるのを放棄して――無理やり目を閉じて、眠った。  そしてそれからさらに二週間、俺は優斗さんと会うことはなかった。  代わりに――俺の傍にいたのは智紀さんだった。

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